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 待ち合わせのコンビニに現れた佐塚は、汀の予想を裏切るデートコーデだった。  いつもぼさぼさの髪はしっかりとスタイリングされ、形のいい額と耳が見えている。グレーの暖かそうなジャケットの下のアウターは、オフホワイトのニットだ。完璧な綺麗めコーデである。  その上、この日の為にレンタルしたという車付きだった。  完璧なエスコートすぎて一瞬言葉を忘れた汀は、運転席の佐塚を『もしかして映画の方が良かった!?』と慌てさせてしまった。 「いえ、その、僕は映画あんまり知らないんで、特別拘りは無いんですが――佐塚さんがドライブを計画してくださるなんて、ちょっと予想外で……」 「あ、うん。おれもドライブとか初めてです」 「……ペーパードライバー……?」 「違う違う。運転はする。仕事でね、機材運んだり女優さん迎えに行ったりするし。ただ、個人的にドライブってしないから」 「運転疲れませんか? 大丈夫?」 「平気だよ。趣味として車を運転しないのは、シンプルに車持ってないからだし。誰かを乗せて運転すること自体は苦じゃないから」  それならばいいのだが……免許を持っていない汀には、正直運転手の疲労など未知なので、どうしても過剰に心配してしまう。  軽く飲み物を買ってから、慣れた景色を置き去りにして車は快適に進む。  なんとなく緊張していた汀も、いつも通りの佐塚の態度に少しずつ平常心を取り戻した。とはいえ、ちらりと目の端に映るいつもと違う佐塚の表情や服装が、否が応にも『デート』という言葉を意識させる。  動きやすくて寒くない服装で、ドレスコードがあるようなところは予約してないからカジュアルでいいよ。  それだけしか伝えられていなかった汀は、また博物館にでも連れて行ってもらえるのだろうか、と想像していた。  しかし一時間弱のドライブのあとに辿り着いた場所は、人工的な建築物などなにもない、開けた場所だった。 「……奥多摩、初めて来ました」  冬の奥多摩は観光客も疎らだ。雪が降る土地ではないとはいえ、それなりに冷える。日差しはあるので、太陽光が当たる場所だけはうっすらと暖かい。  車から降りた汀は、思わず深呼吸をする。そこまで東京から離れていないというのに、何故か空気が澄んでいるような気がする。 「おれも初めて。いやー、思ったよりもすぐ着いたね。……こんなにさっさと着いちゃうなら、群馬とか日光とかでも良かったのかな」 「群馬……って、埼玉の、上?」 「そうそう。ぱっと思いつく観光名所ないけど――あ、うそ、草津温泉、群馬だよ。伊香保も。汀くん、硫黄の匂い平気?」 「平気……かなぁ? 温泉街って行った事ないから、わからないです」 「ま、縁がなけりゃそうだよね。おれも社員旅行で無理やり連れて行かれなきゃ、知らなかったよ。家族旅行とか行くような家じゃなかったし」 「……佐塚さんは、ご家族とは疎遠なんですか?」 「うーん。疎遠、かなぁ。別に嫌いって程の何かもないけど、特に帰りたいとも思わないし、帰って来いとも言われないし」  だらだらと話しながら、佐塚はバッグを取り出し、『ちょっと歩こうか』と汀の手を取る。  とっさのことに対応できず、思わず口から変な声が出そうになった。 「……あ。ごめん、手つなぐの、嫌だった?」 「嫌、では、無いです、けど……! 佐塚さんはいいの!?」 「別に、うん。まあ、さすがにチラチラ見られちゃうかもしれないけどね、別にいいでしょ。都内でこんなことしたら、汀くんのお客さんに刺されちゃうかもしれないけども」 「刺されませんってば……」 「汀くん、なんか手冷たくない? 寒い?」 「き…………」  緊張してるんです、と、なんとか口から吐きだした汀の言葉は本心だ。  汀は死ぬほど緊張している。  何なら二日前くらいから緊張しすぎて眠れていない。服は何を選んだらいいのかわからずノイローゼになりそうだったし、今朝に限っておかしな寝ぐせが直らずに泣きそうだった。  今日のことが楽しみで、不安で、どうしようもないのだ。  普段ならばさらりと笑って、隠してしまう本音だった。それを吐露してしまったのは緊張しすぎているせいもあるが、『今日くらいは素の自分でいてもいいんじゃないか』という期待があったからだ。  佐塚はおそらく、汀を嫌ってはいない。嫌いな人間に冷たくするタイプではないが、そもそも視界に入れても興味を示さないタイプだ。わざわざ連絡してくれて、気にかけてくれていることはわかるし、それが彼にとってそれなりに特別であることもなんとなく、察している。  満子の見解だと、佐塚は『押せば落ちる男』だという。  ……本当だろうか?  自分が押して、佐塚の心は傾いてくれるのだろうか。不用意に押して、こちら側ではなく、『きみの顔なんて見たくもない』という方向に落ちたら困る――。  そんな疑心暗鬼に捕らわれながらも、かすかな望みに期待してしまう。  好きな人に、好かれたい。それなのに、仕方がない、と諦めることに慣れすぎて、どうやって手を伸ばしたらいいのかわからない。  緊張しすぎて血の気が引いているせいか、手の感覚がわからない。せっかく、手を繋いでもらっているのに。  もっと佐塚の手の感触を感じたくて、ぎゅっと握る。遊歩道の少し前を歩いていた佐塚が、こちらをそっと振り返って息を吐くついでに笑う。 「……珍しい顔してるね。いつも何してても余裕そうなのに」 「ほんとに、心底緊張してるんです……。あの、佐塚さん」 「ん?」 「佐塚さんに、ええと、確認、しておきたいことがあるんですが」 「え、何? あ、今日もフェティッシュのデートコース扱いにしておく?」 「違います、お金はいらないです、すぐパパ活しようとするのやめてください。そうじゃなくて、これ、ええと、デートって名目ですけど……ただ友達と出かけるってだけじゃなくて、本当に、デートのつもりでもいいんですか……?」 「……本当のデート」 「つまりそのー……恋人気分でいてもいいのか、というか」 「あー。……あー、うん。そうだね、そっちの方がおれも都合がいいかも」  佐塚の都合とは何のことだろうか。それに関してはわからないが、汀は言質を取ることに成功した。  神様ありがとうございます。今までたくさん呪ってすいませんでした。  思わずそんなことを考えてしまう程、一気にテンションが上がる。 「と言っても、おれはそもそもデートの経験がほとんどないからさ、うまくエスコートできるとは思えないけども。……生ぬるい目で採点してね」 「点数なんかつけませんよ! なんならそのデートコーデだけで二百点です!」 「あ、本当? まあこれもおれの功績じゃないんだけどね。汀くんのお好みなら良かった」 「すごく良い。好きです。かっこいい」 「……汀くんの素の恋人モードってそんな感じなの? すごいぐいぐい来るね……」 「気持ち悪い?」 「いや、かわいい」 「……ひぇ……………」 「言うのは良いのに言われるのは駄目なの……? え、かわいい」 「待っ……無理……ちょっと手離してください心頭滅却します……」 「駄目。浮かれててもいいじゃない、デートなんて大体そんなもんだってみんな言ってたよ」  駄目、の言い方が理想的すぎる。性感マッサージでどろどろになっているかわいい佐塚も好きだが、汀を翻弄する格好いい佐塚も好きだと思う。  思いのほかいちゃつきながら歩いている内に、少し開けた場所に辿り着く。  夏はさぞかし賑わうのだろう。閑散とした森を眺める位置にはベンチが据えてあり、空を眺めるには丁度いい。  座って話そうか、と促され、言われるがままに佐塚の隣に腰をおろす。  バッグの中から水筒を取り出した佐塚は、紙コップに珈琲を注いでくれた。紙のフードパックに入っているものは、サンドイッチだという。  何もかもが完璧すぎて、夢かと疑いたくなる。 「いやでも、これカフェのテイクアウトで、おれが作ったわけじゃない……」 「待ち合わせまでにお店に寄ってくれて、珈琲と軽食を用意してくれたことに感激しているんです」 「……提案したのは友達だし」 「でも、実行してくださったのは佐塚さんです。……珈琲、おいしいです。ありがとうございます」  本当は胸がいっぱいすぎて味などよくわからなかった。  めいっぱい褒めて、何度も礼を言ってしまう。その度にきちんと照れてくれる佐塚がかわいい。汀の言葉が社交辞令ではなく心からのものだということが、きちんと伝わっているのだろう。 「あー……でも、たまにはさ、こういうところでぼんやりするの、わりといいね。なんもないから手持ち無沙汰になっちゃうかも、って心配してたけど、だらだら話してるだけで結構楽しい」  ね、と笑いかけられて、ぬるい珈琲の味が余計にわからなくなる。 「あ、でも、夕飯はさすがにどっかに入ろうか。和食、洋食、イタリアンで何店舗かチェックしてきたから、車に戻ったら一緒に選ぼう」 「本当に完璧じゃないですか……佐塚さん、デートしたことないとか嘘ですよね?」 「いや本当。全部友達のアドバイスと入れ知恵だよ」 「……良い方々に囲まれてる、って感じがします。そういうのってやっぱり、佐塚さんの人徳なんじゃ?」 「それは違うでしょう。たまたまおれの周りにいる人が、ちょっと善良なだけだよ。汀くんも含めてだけどね」 「…………僕は、あー……あんまり、善良じゃない、かもしれないです」 「え、なんで?」 「…………………下心あるから」  ぼそりと吐き出してしまう。普段なら絶対に隠し通す本音が零れて、鼓動が逸る。  こんなもの、もう告白のようなものだ。  ただ、佐塚は自他共に認める宇宙人で、他人の機微に疎い。今の言葉をどう受け取るのか、汀にも予想がつかない。  ばくばくと心臓がうるさい。佐塚は、どう思っただろう。うっかり押してしまったが、本当に嫌われたくない。それだけは嫌だ。でも、このままの関係も正直きつい。  一人でぐるぐると不安になり焦り始めた汀は、今の言葉を冗談として誤魔化す為に口を開こうとして――こちらを真顔で凝視する佐塚とばっちりと目が合う。 「………………ッ、!? さ、づかさん、何……っ」 「いやー……かわいいんだよな、と思って」 「…………うん!?」 「かわいいんだよなー、やっぱり。おれは、きみの事がすごくかわいい」 「急に、どうしたんですか……」 「別に急ってわけでもないんだけど、最近ちゃんと気が付いたんだよ。気が付いてなかったし、言わなかっただけ。かわいい。すごい。なるほど。キスしていい?」 「ぜ」  全然わからない。  本当に、微塵も、まったく意味がわからない。  それでも嫌だと叫ぶわけにはいかなかった。どうしてそうなるのか、どうしてそうなったのか今はよくわからないが、佐塚から明確にキスを求められたのは、思い出す限り初めてだ。  幸いなことに周りには誰も居ない。  ただ、うっすらとした木漏れ日と、時折緩やかな風にあおられた樹々と木の葉が、かさかさと物悲しい冬の音を立てるばかりだ。  思わず佐塚の手を握る。先ほどまで暖かかった彼の手は、今は汀と同じように冷たい。  いいよと答える代わりに、自分からキスをする。  ほとんど触れるだけのキスのあと、ふ、と息で笑い舌を絡めたのは佐塚の方だった。  仕事じゃないキスは、初めてだ。佐塚にも、他の女性にも、汀が提供するキスはいつだって仕事の一環だった。  舌が冷たい。鼻の先がすこし擦れる度に、冷えた肌の感覚が愛おしくて泣きそうになる。  この人が好きだと思う。  もう誰に背中を押されなくても、すっかり汀は落ちている。自分にはもっと考えなくてはいけない事ばかりあるのに、今は、そんなものどうでもいいと思ってしまう。  名残惜しく唇を離し、冷たいキスを終える。それでもまだ離れたくなくて、顔も見えない至近距離のまま汀は佐塚の手の甲を指でなぞる。 「……今日のデートって、いつまで、ですか?」  中指と人差し指の股の部分が、佐塚は弱い。舐るように指を絡ませ摺り上げると、びくりと身体を揺らして息を震わせた。 「帰ったら終わりですよね。でも、帰るまでは恋人気分でいて良いんですよね?」 「帰るまで、って、えーと」 「夕飯の後――佐塚さんち、行きたい」  たぶん、断られない。そう願って口にした渾身のおねだりに、佐塚は小さな声で『いいよ』と答えた。 「うそ。ほんと? いいんですか? 嫌ならイヤって言ってもらっても……悲しいけど耐えますよ? ほんとにいいの?」 「まあ……うん。このままここでしたいですって言われたらうそぉって思うけど、デートの後に部屋に寄るのは、そのー……世のカップルの範囲内、だと思うし」 「このままここでしていいの……?」 「だめだめ。急にどうしちゃったの、そんな子じゃないでしょきみ。駄目だって、こら、公衆の面前でそういうのは捕まるからだめです! うちだって許可もらって頑張って撮るんだから野外は!」 「じゃあキスだけ」  そう言ってもう一度唇を重ねようとした時だ。  ふいに、不躾なバイブ音が響いた。  音の出どころは、マナーモードにしてポケットに突っ込んでいた汀の携帯電話だ。 「………………」 「……え、これ電話じゃないんだ? 汀くん、出なくていいの?」  出た方がいい。というか出るべきだ。  何故なら汀の携帯を鳴らす人物は、九割方姉だったからだ。  今日は出かけるから連絡がつかなくなる、と先に言っておいたのだが、彼女が汀の予定をきちんと頭に入れたことなどない。汀が何処に居ようが、何をしていようがお構いなしに、いつでもどこでも干渉してくる。  今日ぐらいは無視してもいいのではないか。  一瞬そんな気持ちが過るものの、すぐにあの三兄弟の顔が浮かび、ため息を吐く。  姉の呼び出し理由は、大概子供達がらみのことだ。  汀が対応しなければ、幼い彼らが街中で一人ぼっちで待たされたり、食事の用意もなく留守番をさせられたりする。姉はどうでもいいが、甥と姪につらい思いはさせたくない。  仕方なく身体をベンチに引き戻し、息を整えてから通話ボタンを押す。それでも片手は佐塚の手を握ったままだ。 『ちょっと、今どこ?』  耳に当てた瞬間、不機嫌な声が鼓膜を揺さぶる。 「今どこって、ちょっと遠出するからって言ったよね?」 『どこ』 「……奥多摩」 『なんでそんなとこ居るの!? そんな遠くまで売春に行ってんの!?』 「姉さん、その言い方やめてって……」  確かにいかがわしい仕事だとは思う。けれど決して犯罪ではないし、他の店はわからないがフェティッシュのオーナーも常連客も、皆気のいい人たちだ。  何より汀がこの仕事をしているのは、姉の借金の為である。  浮かれて切っていた気分が急降下する。現実が急に目の前に現れて、汀に目を覚ませと訴えかけているかのようだ。  思わず息を吐く。  ため息と一緒に普段は口にしない悪態をつきそうになった時、繋いだ手をぎゅっぎゅと握られて、変な声が出そうになった。  びっくりして振り向くと、こちらを凝視している佐塚と目が合う。  大丈夫? という風に首を傾げる。  そのささやかな優しさが、汀の心に余裕を呼び戻す。  人間の性格は十人十色だ。姉のように他人に気を使えない人も居れば、佐塚のようにしっかりとした優しさを持っている人もいる。そして汀の周りには少なくともその優しい人がいて、今は手を繋いでいてくれた。  なんとか気持ちを持ち直し、姉の暴言交じりの言葉を受け流し、用件だけを聞きだす。若干言い争いのようにもなってしまったが、普段の喧嘩に比べたら比較的穏やかな方だった。  とはいえ、通話を終えた汀は自らの膝の上に沈み込んでしまう。 「あー…………………」 「……お姉さん、なんだって? なんかちょいちょいハッスルしてたとこしか聞こえなかったんだけど」 「いますぐ帰って来いって。……なんか、話があるとか言ってて」 「わぁ。一緒に住んでるのに、そんなことあるんだね。すごい急用なんじゃない?」 「いえ、割とよくあるんです。今すぐ話があるとか、用事があるとか言ってこっちが慌てて帰ると、砂糖が切れてたから買って来いとか、凌空の学校に提出する書類が今日までだから早く書けとか……」 「え。想像していたよりもひどいんだけど、それ、汀くんに対する虐待じゃないの……?」 「そう、なのかなぁ? もうよくわかんないんです。それに僕は別にもうどうでもよくて、あんまり辛いとか思わないし、とりあえず子供達をどうにか卒業させなきゃって思うから」 「うーーーーん……それ言われちゃうとなぁ、おれも、何も言えない……」 「すいません、今日はやっぱり帰ります。万が一、子供迎えに行けとかそういう話だったらまずいから」  名残惜しいどころの話ではないが、仕方ない。姉にはどんなに急いでも二時間かかると繰り返したので、さすがにそこは納得してくれたはずだ、と思いたい。  遊歩道を引き返し、車に乗り込む。シートベルトを締めた佐塚は、あからさまに不満そうな汀の頭をくしゃりと撫でた。 「汀くんは、ちょっと、我慢しすぎだよね。仕方ない、って言われちゃったらそりゃそうなんだけど……もっと我儘になってもいいと思うけどなぁ。まぁ、お子さん関わってると、そうもいかないのはわかるけども。……でもそうだなぁ、おれでよけりゃ、いくらでも我儘聞くよ」 「……ほんとですか?」 「まあ、これでも年上の大人だから。一応」 「じゃあ明日夜会いたいです」 「んっ。んー……」 「……だめです?」  だって今日の続きがしたい。  そんな風にぼそぼそと零す汀の頭の上で、佐塚が苦笑を零す。そして甘い大人は『いいよ』と汀の我儘に許可を出した。 「頑張って八時くらいには帰れるようにする。ま、なんとかなるでしょ、たぶん、うん、いける、たぶん」 「……ご迷惑なら――」 「ほら、いつもの我慢しちゃう汀くん出てきてる。しまって。そいつはいま要らないから。我儘なきみのままでいいよ、おれの前ではそれが素でいいの。他に我儘はないの? もうこの際だから、どんどん言いなよ」 「じゃあ、――キスがしたいです」  いいよと笑われて、すぐに唇が塞がれる。  途中で興奮しすぎてつい服の中に手を入れそうになり、さすがに本気で咎められたが、結局佐塚は笑って許してくれた。……思いのほか、今日の彼は汀に甘い。  時々手を握り、指の背をなぞって怒られ、最後にもう一度キスをして車を降りた。  まだ日は高く、夜の帳の気配すらも感じない。なんと健全な時間だろう。けれど今日の思い出は些か不健全なキスばかりで、汀を浮かれさせるには十分だ。 「………………駄目じゃない、ってこと、かな……?」  とりあえず嫌われてはいない。  汀の気持ちが伝わっているのかはよくわからないが、佐塚はキスをしてくれたし、キスを求めてくれた。あれはおそらく仕事やお金が関わらない、普通の愛情表現だったと思う。  なんにしても、勝負は明日だ。  明日の為にまずは今日の問題を片付けなければならない。息を吸いこみゆっくり吐いて、汀は現実と向き合うために自宅の戸をくぐった。

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