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第34話

痛いと言いながら額を手で押さえて椿原さんが体をゆっくりと起こした。 大丈夫ですかって声を掛けようとしたら、陽斗に腕をぐいと掴まれた。 「え?けがわらしい?私が?」 椿原さんがキョトンとしていた。 「湊以外は眼中になし。相変わらずブレないわね。なんか安心した」 「かほりさん、年下とはいえ仮にも先輩に対して無礼極まりない態度を取るこんな社員をなぜ雇っているんですか?」 「私に言わないでよ。葉山部長に言ってちょうだい」 川瀬さんが椿原さんに雑巾を差し出した。 「可愛い顔が台無しよ。これで拭いたら?」 「ふざけさないでよ」 「あら、嫌だった?湊も嫌だったはずよ。人が嫌がることを平気でして何が楽しいのかしらね。明日から出社してこなくていい。今後のことは追って連絡する。人事課長からの伝言よ。それと……」 そこで川瀬さんが言葉を止めた。 「あら、七海シェフ。奇遇ね、こんな所で会うなんて」 着物姿の白髪まじりの女性が姿を現した。 「葉山さんこそどうしたんですか?」 「夫の浮気相手がここにいるって聞いてね」 「そうですか」 陽斗がニッコリと微笑んだ。 先代からご贔屓にしていただいている常連さんの夫がまさか湊の上司だったとは。世の中は広いようで狭いと陽斗が話していたのをふと思い出した。 「仕事に戻る。新、湊を連れていってくれ」 え?新?一瞬自分の耳を疑ったけど振り返ったら本当に新が立っていたから腰を抜かすくらい驚いた。

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