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第71話

「私の赤ちゃんを返してよ!私が何も知らないとでも思っているの?この泥棒猫!」 手を振りかざす女性。叩かれると覚悟して目を閉じたけどいつまで待っても痛みは襲って来なかった。その代わり、 「あの、おばさん」 新の落ち着いた声が聞こえてきた。 「それ、自分のことを言ってます?」 陽斗の声も聞こえてきた。 「おばさん?私が?」 おそるおそる目を開けると、新が女性の腕を掴み、陽斗が僕の前に立っていた。 「だってそうでしょう?通りの真ん中で人様の迷惑も考えず言いがかりも甚だしい。吉人さん、相変わらず他人のフリですか?まさかだと思いますが、この人を見捨てて逃げようとなんてそんなことをしませんよね?」 陽斗が吉人さんを睨み付けた。 「たまたま荷物を取りに車に戻ろうとしただけだ。見捨てるなんてそんなことをするわけないだろう」 図星だったのか、ぎくっとする吉人さん。 信号が点滅をはじめ、新が女性の手をすっと離した。 陽斗と新に手を掴まれそのまま横断歩道を渡った。 「あの人は?」 「吉人さんがいるんだ。どうにかするだろう」 「助ける必要はない」 力なくへなへなと倒れこむ女性。信号待ちをしていた車がクラクションを何度も鳴らしていた。吉人さんは女性に駆け寄るわけではなく困ったことになったと携帯で誰かと話しをしていた。

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