76 / 130
第76話
すると僕たちの様子をさっきから伺っていた一人の男性社員が視界に入った。川瀬さんと目が合うなりギクッとしてまるでそそくさと逃げるように経理課を出ていった。
「明らかに挙動不審よね。彼は確か……」
「社内に何人もいたと噂の椿原さんの彼氏のうちの一人じゃないですか?本当に迷惑な人ですよね、椿原さんって。桜井さん、なにも悪いことをしていないの目の敵して。何が面白いんでしょうね」
パソコンに向かい資料を作成していた相沢さんがぼそりと呟いた。
「彼氏が何人もいたって初めて聞いた」
「会社に何をしに来ていたんでしょうね。面倒な仕事は土居さんに押し付けて、ろくすっぽ仕事もせずスマホばかり見て。よく分からない人でしたからね、椿原さんって。白井さんが詳しいんじゃないですか」
「白井さん、まだ白井さんなの?先月平沢と結婚式を挙げる予定だったよね?そういえば平沢とまだ一度も会ってない」
「平沢さんは辞めましたよ。一身上の都合で。白井さんは総務から品質管理課に配置換えになりました。有給でずっと休んでいましたけど今日は最後なので来てましたよ」
「分かったわ、会ってくる。湊、携帯をしばらく借りるね。邪魔してごめんね」
川瀬さんが慌ただしく経理課を出ていった。
「取締役会で川瀬次長を女性としては初めての取締役に抜擢することが決まったみたいですよ。古い体質の会社に風穴を開けて風通りを良くするためには川瀬次長みたいな女性が必要不可欠なんですって。株主総会で新体制が承認されるかまだ分からないけどね」
「川瀬次長、すごいな」
「桜井さんの彼氏だってすごいわよ。あの若さで取締役でしょう。二年後には社長になっているかもよ。え?もしかして知らなかったとか?」
キョトンとしながら頷いた。
ともだちにシェアしよう!

