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第77話

「あ、そうだ。忘れ物をした」 エレベーターで一階まで降りてきたときお弁当袋を机の上に置きっぱなしのまま忘れてきたことに気付いた。 「先帰ってるね」 「相沢さん、もし新が外で待っていたら忘れ物をとりに戻ったと伝えてもらっていいですか?」 「分かった」 相沢さんたちと別れ、またエレベーターに乗って経理課に戻った。閉めてきたはずのドアがなぜか少しだけ開いていて、がさがさと物音が中から聞こえてきていた。薄暗がりを仄かに照らすのは携帯のライトのようだった。時刻は夜の八時過ぎ。携帯はリュックサックの中だ。助けを呼んでも誰もいない。引き返したほうがいいと判断して戻ろうとしたら、勢いよくドアが開いて、避ける間もなく誰かがぶつかってきてバランスを崩して尻餅をついた。すぐに起き上がることが出来ないでいたら、 「なんだまたいたのか」 「……平沢さん?なんで」 いるはずのない平沢さんが目の前にいたから心臓が止まるんじゃないかそのくらいびっくりした。 「だって会社を辞めたって」 「は?誰が言ってんの?辞めてないよ、病気理由で休んではいるけど。荷物を取りにきたんだ」 「こんな時間にですか?」 「だって誰とも会いたくないから。立てる?」 平沢さんが左手を差し出した。 「大丈夫です。立てますので。平沢さん、ここは生産管理部です。営業部は上の階ですよ。間違ってますよ」 親切心で教えたら、なぜか舌打ちされた。

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