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第8話 恋を自覚した時

恋を自覚した時   「ねえ、今日はもう一歩進んでみようか」  ある日、津島はそんなことを言い出した。太陽の光が差し込む日曜日の真昼間、ふたりはベッドに座っていた。 「もう一歩? 使う言葉とか考え方とかを新しくするってことか?」 「ううん、そっちじゃなくて、手を握る方」  そう言って津島が優しく朝陽の手を握る。触れたところから、安心感が伝わってくる。 「こうやって人に触られてると、安心するだろ? だから、もう少し触る範囲大きくしたらもっと安心するかなって」 「……わかった、任せる」 「うん、オッケー」  すると津島は朝陽の肩に手を置いて、身体を優しく引き寄せた。ぽす、と朝陽の身体が津島の腕の中に収まる。瞬間、どくりと心臓が跳ねた。 「……っ!?」 「新谷、俺に抱きつける?」  困惑しながら、それでも津島の言葉に従っておずおずと背中に腕を回す。 「そう、いい子だね」  津島の手が、ゆっくりと子を寝かしつけるように背中を叩く。身体を包み込む体温と手の温もりに最初は驚いていたが、少しずつ身体の力が抜けていくのがわかった。  とん、とん、とん、とん。一定のリズムで背中に触れられて、安堵が胸を満たす。赤ん坊に戻ってしまった気分だ。  ──あったかい、どきどきするのに、安心する。 「吸って、吐いて……うん、上手だね。新谷はいつも頑張って気張ってるね。力抜いて、全部俺に預けて」  いつもよりも穏やかな声。それはどこまでも優しく、朝陽の心を溶かしていく。 「つしま……」 「偉いね。いい子、いい子……」  津島がゆっくりと朝陽の頭を撫でる。あたたかい体温。もっと、それに触れてほしいと思ってしまった。 「……も、っと」 「ん?」 「もっと……」  撫でてほしい、までは言えなかった。それを口に出すには積み上げてきた鎧が硬すぎる。 「うん、いいよ。他のところも撫でていい?」 「……ん……」  津島の手が頭を撫で、頬を伝っていく。恋人同士の触れ合いのようなそれを、朝陽は求める。 「もっと……」  どうして津島の体温が欲しいのか。どうして津島に触れて欲しいと思うのか。ふわふわとした頭で考えて、答えはすぐに出た。  これは、きっと恋だ。朝陽は、津島に恋をしている。もっとこの男の優しさに溺れて、溶かされてしまいたい。  そんな堕落した考えが頭をよぎって、そんなのは駄目だと必死に理性で抑え込む。 「つしま、これ、駄目になる……」  恋心を悟られないように、懸命に言葉を探した。津島は人を堕落させる天才なのかもしれないと思いながら。 「駄目になるのも大事だよ。ほら、今は何も考えないで。リラックスする練習」  そう言って津島はまた朝陽の身体を引き寄せた。  ──ああ、オレ、津島が好きなんだ。  とくん、と心臓が高鳴る。少し早い鼓動の音が、どうか津島に聞こえていないように。朝陽はそれだけを切に願った。    

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