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第10話 特別じゃない
特別じゃない
「昨日さ、津島さんと帰り一緒になったんだよね」
昼休み中に廊下を歩いていると、そんな会話が聞こえた。
──あいつ、本当に女子に人気だよな。
朝陽はそんな感想を抱く。性格がいいだけではなく顔もいい。異性にモテるのは当然のことだ。前はなんとも思わなかったのに、彼への恋心が芽生えてからはそれに少し苦しさを覚えるようになった。
「えっ、あの津島さん!? 超ラッキーじゃん!」
「本当本当。ココア奢ってもらって、色んな話できちゃった」
ぴたりと足が止まる。津島は相変わらず誰にでも優しいらしい。
「やばー! もしかして脈あり!?」
「ないない。津島さんは『菩薩』だよ? 全人類に平等に優しいの」
その言葉に、胸がずきん、と痛んだ。
──平等に、優しい……。
「あー……それもそっかあ……でも津島さんのこと好きな人は多いと思うけどなあ」
「勘違いする輩は絶対にいるよねー」
「あーあ、津島さんにひたすら甘やかされたーい。恋人になりたーい」
「諦めなって」
「…………」
それ以上彼女らの会話を聞きたくなくて、足早に立ち去る。
それは、恋心を自覚してから、頭のどこか片隅でわかっていたことだった。津島は朝陽にだけ優しいわけではない。きっとあの時あのトイレで過呼吸を起こしたのが朝陽でなくとも、優しく声をかけて落ち着かせたはずだ。そして誰にだって、『頑張らなくていい』と包み込む繭のような言葉を紡ぐのだ。
そして、手を握って、褒めて、抱き締めて。
朝陽がされて嬉しかったことを、他の誰かにも。
「っ…………」
嫌だ。津島が優しく触れるのは、甘やかすのは、『いい子』と褒めるのは、朝陽だけがいい。
──オレ、今、何考えた?
あまりにも勝手な欲望に、口を手で押さえた。
津島に勝手に恋心を抱くだけでなく、津島の特別になりたい、なんて。
駄目だ。そんなこと、絶対に考えてはいけなかったのに。
「っ、……!」
気がつけば早足で廊下を歩き、津島に助けられた無人のトイレに駆け込んでいた。一番奥の個室に入って、鍵をかける。
「……っ、ふ、ぅっ……!」
便器の蓋に雫が落ちる。視界が滲んで、小さな嗚咽が個室を満たした。
わかっている。わかっていた。朝陽の恋心は間違っているのだ。津島は朝陽に特別な感情なんて抱いていない。ただ、朝陽を助けたくて、そのために必要な行為をしてくれているだけで。
朝陽のことが好きだから、触れているわけではなかった。
「ぅ、っ……! ぁ……!」
朝陽にとって、津島はなによりも特別な人なのに、津島にとって、朝陽はただの友人で、救うべき対象なだけ。
「っ……そう、だよな……勘違い、してた……」
そもそも、津島が朝陽を好きになるわけがないのだ。こんな優しくなくて、容量が悪くて、努力しか取り柄のない面倒くさい男など、どうして好きになれるだろう。
ああ、気づけて良かった。このまま練習を続けていたら、いつか想いを伝えていたかもしれない。そしたらきっと彼を困らせていた。どこまでも優しい、彼のことを。
──最低だ。あいつが優しいのはオレだけじゃなくて、オレは、それが何より嫌だって、思ったんだ────。
きっと彼の隣に相応しいのは、優しい彼を愛せる、同じく優しい人間で。
それは決して、朝陽などではなかった。
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