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第14話 はじめてのおかいもの
はじめてのおかいもの
つやつやと飴色に輝く鶏肉をはくりと口に含む。甘辛いたれとしっかりとした食感がいっぱいに広がって、朝陽は夢中になって咀嚼を繰り返した。
「ん……これ、うまい」
「ほんとう? よかったあ」
一郎は料理が上手い。本人曰くズボラ飯らしいが、鮮やかな手つきで作り出されるそれは、どれも朝陽の口に合った。
「米がいくらでも食える……うまい……」
「たくさん作ったから、好きなだけ食べて」
──優しくて料理もできるとか、すごいなこいつ。
朝陽が食事を摂る度に、一郎は幸せそうに笑う。朝陽は味噌汁を飲みながら、自分が確実に胃袋を掴まれている恥ずかしさに頬を染めた。
付き合ってから一ヶ月。休みの予定が会う日は、こうして一郎に料理を作ってもらうのが当たり前になっていた。
それから少しした、土曜の昼間。
「うーん、今日は何しようかな……」
冷蔵庫の前で一郎が呟いた。昼食のメニューに悩んでいるらしい。
「別にいつも無理に作らなくても……俺奢るぞ」
いつも彼にばかり作らせて負担が行くのは嫌だった。だが一郎は無理じゃないよ、と笑う。
「そろそろ野菜しなびてきちゃうから使いきりたくて……でも肉がないんだ。白菜と……もやし、あと……」
「っ、じゃあ、この前の……白菜と豚肉のやつが食べたい。ちょっととろっとしてるやつ」
「あー、あれかあ」
「なんて料理なんだ?」
「名前ないんだよねえ……あとあれ、味付け適当に作ったから再現できないかも」
「な、なんでだよ! レシピないのか?」
「ズボラ飯にレシピある方が珍しいよ。でもチャレンジはしてみるね。じゃあ豚肉買ってくるから、ちょっと待ってて」
一郎が冷蔵庫の前から立ち上がる。朝陽はジャケットを取ろうとするその腕を取った。
「いい。オレが行く」
「え? でも……」
「お前に作らせるのに、買い物もさせるなんて嫌だ。肉買うだけならオレにもできる」
「けど、」
「いいから! お前はゆっくりしてろ!」
朝陽は一郎の返答を聞かないまま急いでコートを着こんで、スマートフォンと鍵と財布をポケットに突っ込んだ。
そして三十分後、朝陽は精肉コーナー近くで立ち尽くしていた。
──おかしい。なんで、豚肉だけであんなに種類があるんだ?
豚肉は豚肉だと思っていたのに、小間切れやらバラやら、どうやら部位ごとに売られているらしい。更に国産かアメリカ産かで値段も違う。それとグラム数がひとつひとつ違っていてどれが適量かわからない。前に一郎が作ってくれたものを思い出したいが、肉の種類も量も気にしていなかった。
一郎にあんな大口を叩いてこの様だ。二十六歳にもなって買い物ひとつできないなんて情けないことこの上ない。
──せめて、もう少し詳細聞けばよかった……。
調理をするのは一郎だから、何が一番適しているのかわかるのは彼なのだ。勝手な物を選んで間違えるのは怖すぎる。精肉コーナーは人が多く、近くでじっくりと見ながら選ぶこともできない。
「……………………」
悩みに悩んだ末、朝陽はスマートフォンを取り出して一郎に電話をかけた。
『もしもし、朝陽? 大丈夫?』
「……豚、肉……」
『ん?』
「なんで豚肉だけであんなに種類あるんだ! 部位の違いなんて知らないし、国産とアメリカ産ってどう違うんだよ! もうなにもわからない!」
周りの迷惑にならないくらいの声量で、思いの丈をぶちまけた。
半分涙目になっていると、電話口からぶはっと笑い声が聞こえてきた。
「笑うなよ!」
『っ、くく……ご、ごめん……すごいテンプレートな悩み方してるからかわいくて……俺もちゃんと言えばよかったね』
「……何買えばいいのか教えてくれ……どれくらい買えばいいのかも……」
『んー、じゃあ豚バラお願い。アメリカ産で、だいたい二五〇グラムあればいいよ』
「だいたい……じゃあ誤差の許容範囲は?」
『そこまで正確じゃなくていいんだけどな……じゃあプラマイ二〇グラムまでで』
「わかった……他に買うものあるか」
『とりあえず大丈夫。今度、買い物の練習一緒にしようね』
「……こんなこともできないの、情けない……」
『初めてのことなんて、みんなできないよ。大丈夫。情けなくないから。他にもわかんないことあったら、すぐに連絡して?』
「うん……わかった……」
電話を切って、精肉コーナーに向かう。二六三グラムの豚バラ肉を見つけたので、それを手に取ってレジの方へと向かった。
「…………あ」
レジ前に、一郎が好きだと言っていたバナナを使ったスイーツが置いてあった。正直一郎は最近甘いものを食べ過ぎているような気がするが、これは彼を待たせてしまった詫びとして買うことにした。気を遣わないように、自分の分のティラミスも手に持つ。
会計を済ませて、一郎の待つマンションへの道を行く。少し昼を過ぎてしまった。急いで帰らなければ腹の虫がうるさくなってしまうだろう。
なにより、上手ではない買い物を終えた朝陽を、一郎は『いい子』と褒めてくれるだろうから。
早く彼の声が聞きたくて、朝陽は足早に歩いた。
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