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第15話 大切だから、大好きだから(前編)※R18
※R18描写あり。R18シーンが長くなったので前後編に分けます。
大切だから、大好きだから(前編)
新谷朝陽は悩んでいた。仕事のことではない。プライベート──恋人のことである。朝陽の恋人の一郎は優しく、どこまでも朝陽を甘やかしてくれる、もったいないくらいの恋人だ。
だが────。
「朝陽、難しい顔してどうしたの?」
「……なんでもない」
「そう? 俺に話せることならなんでも言ってね」
そう、優しいのだ。今だって朝陽を足の間に置いて、包み込むように抱き締めてくれている。
「あさひ、こっち向いて」
甘やかな声で願われて顔を向けると、形のいい唇が唇に触れた。
「ん……」
少しだけ口を開くと、その間から舌が入り込んでくる。それと朝陽の舌が導かれるようにして絡み合って、小さな水音が鳴った。
「っ、ん、ふ……」
もっと欲しい。そう思って口づけを深くして身体を寄せたが、やがて唇は離れて朝陽は腕の中に閉じ込められる。
「かわいい……朝陽、大好きだよ」
一郎は、朝陽に手を出そうとしてこなかった。どんなにいい雰囲気になっても、キス止まり。そのことに気づいてから、朝陽はずっと悶々としている。
もしかして、一郎は性欲がないのだろうか。朝陽はそんなことを考えるようになった。『菩薩』の二つ名の通り、世俗の欲とは縁がないとか、そういうことかもしれない。だが、朝陽との触れ合いは望んでくれている。ではなぜ?
次に考えられるのは、朝陽に性欲が向かない、だった。一郎の元の性愛対象は女性だろう。ならば男である朝陽にそういう欲が向かないのは当然だった。だが、朝陽には性欲がある。一郎に抱かれたいと思ってしまっている。
──いや、オレが性欲まみれとかそういうことじゃなくて、自然なことっていうか。……普通付き合っていつくらいでする者なのか知らないけど。あいつがそういうタイミング考えてる風にも見えないし、やっぱりそういう目で見られてない……?
考えて、考えて、考えて、考えて。
結果、朝陽は大型ドラッグストアで潤滑剤とコンドームを購入していた。
「……馬鹿か、オレは……」
一郎からそういうことを仕掛けてこないのなら、こちらから誘うしかない。口で言うだけでは覚悟が伝わらないと思って、ネットで調べた必要なものを全て買い揃えた。
一郎の家まで、潤滑剤とコンドームを鞄に隠してこそこそと歩く。こんなもの買ったのは人生初だ。
「もし、そういう気ないって言われたらどうしよう……」
性生活のすれ違いはカップルの破局理由でよくあるらしい。朝陽は大きなため息をつきながら、重い足取りでマンションまで向かった。
「お邪魔します……」
合鍵を使ってドアを開ける。今日は『練習』をしてからの予定が決まっていない。だから、性交渉を持ちかけるちょうどいいタイミングだった。
返事はなく、バスルームから水音が響いている。シャワーを浴びているのだろう。朝陽は手土産にと持ってきたティラミスを冷蔵庫にしまった。
「っ……ん……」
ふと、バスルームから一郎の声が聞こえた。朝陽が来たのに気づいたのだろうか。
「いちろ……」
「っ、ぅ、あ、さひっ……」
だが、耳に届いた艶やかな声に、朝陽はぴしりと固まった。
「……へ……?」
「朝陽っ、朝陽っ……」
バスルームで、朝陽の名前を読んで、吐息交じりの声を漏らしている。一郎が何をしているのか、理解するには十分な状況だった。
──オ、オナニーしてる……? オレで……?
一郎も、朝陽に性欲を向けていたのだ。そのことがわかって、顔が一気に赤くなる。嬉しい。嬉しい、が、どうしてそれを朝陽に少しも見せずにひとりで発散しているのだ。
朝陽は大股で歩いて行って、バスルームの扉を勢いよく開けた。
「なにひとりで済ませてるんだよっ!」
「っうわ!? え、あ、朝陽っ!?」
予想通り、そこにいたのは水に濡れた一郎だった。下腹部に目をやると、痛そうなほどに張り詰めたそれが右手に握られている。
「おっ……オナニー、するくらいなら、オレのこと抱けよ!」
「っ、いや、これはその……」
「オレ相手じゃそういう気にならないんじゃないかとか考えただろ!? なんでいつまでも手出さないんだよっ!」
服が濡れるのも気にせずバスルームに足を踏み入れる。ぎゅうと一郎にしがみついて彼の目をしっかりと見た。
「それとも、妄想はできても、本物の男の身体じゃ興奮しないのか……!? っ、オレじゃ、駄目か……?」
言っていて悲しくなってきた。じわりと目に涙が浮かぶ。もしこれで本物の朝陽は抱けないなんて言われたら、一生引きずる。
「……興奮するから、オカズにしてたんだよ」
一郎が告解するように呟く。やはり、彼は朝陽に劣情を持っていたのだ。
「ならなんで……」
「男同士のセックスは、受け入れる側の負担が大きいんだよ。慣れるまでは気持ちよくないこともあるって。朝陽にそんな思いさせたくなかったんだ」
「っ、馬鹿……そんな、こと……」
「そんなことじゃないよ。ちゃんとふたりで気持ちよくなりたかったんだ。だから朝陽の心の準備ができてから、少しずつ段階踏んでいければいいなって」
ああ、やはり一郎は優しい。朝陽の身体を気遣って手を出さなかったなんて。だが、慣れるまでというのなら、経験を積まねば進むものも進まない。
「心の準備なら、とっくにできてる……ちゃんと、コンドームと、潤滑剤も買ってきた、からっ……」
「朝陽……」
「早く、一郎に抱いてほしいっ……」
全裸の男にすがりつく。一郎は少し固まってから、朝陽を強く抱き締め返した。
「じゃあ、今から……いい?」
「……うん……」
ぴちゃん、と床に水が落ちる。誘うように薄く開いた唇に舌を差し込まれて、朝陽は目を閉じた。
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