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第25話 第一章 最終話 これからのふたりは
ひとつめの終幕 これからのふたりは
「ただいまぁー」
「……ただいま」
一月二日、朝陽と一郎は一郎の実家から彼のアパートに帰ってきた。一郎の両親はとても物腰が柔らかくて温かく朝陽を迎え入れ、まるで前から家族の一員であったかのように接してくれた。
「疲れてない? 慣れなかったでしょ」
「……でも、そんなに遠くなかったし、オレは大丈夫」
一郎の母──美月には沢山ご飯食べてねと微笑まれ、一郎の父──時雄は一郎の小さい頃の話を沢山聞かせてくれた。あんなにも温かい『家』がこの世にあったのだと、朝陽は驚いた。
「……なんか、お前が優しい理由わかった気がする」
あんなにも優しさに満ちた空間で育てば、確かに朗らかに育つだろう。
「へへ、そっかあ」
ふたりは靴を脱いで部屋に入る。コートをかけたり手を洗ったりを済ませて一段落すると、身体が重くなった気がした。ふうと息をついてソファに身体を沈める。
一郎は朝陽の隣に座って、深く息を吐いた。
「役所開いたら、書類出しに行こうね」
「……うん」
鳶色の瞳が柔らかく細められる。愛しいものを見つめるその仕草に、胸がきゅうと疼いた。
──甘えたい、一郎に、大事にされたい……。
「いちろう……」
朝陽は一郎の服の袖を引っ張って、ぽすりと身体を彼の胸に預けた。そして、頭を押し付けて一郎との距離をなくす。
「……あまやかして、ほしい。大切にしてほしい……」
ぽつりと願望を呟くと、一郎が朝陽を閉じ込めて、こっち向いてと言葉を紡ぐ。
顔を上げると、彼は目を潤ませていた。
「大切にしてほしいって、思えたんだね……」
「一郎……?」
「よかった、自分のこと大事にできなかった朝陽が、やっと……」
後頭部に手を添えられて、優しいキスが与えられる。
一郎は口づけながら、透明な飴玉のような雫をはらはらとこぼす。それがひどく甘そうで口に含みたくなったが、朝陽の唇は彼によって塞がれていて叶わない。
──オレが大切にしてほしいって言っただけで、泣く程嬉しいのか……。
「ん……」
舌と舌が絡んで、温もりを与え合う。
──もっと、欲しい。どろどろに溶けるまで大事にされて、一郎も、同じくらい幸せになってくれたら、嬉しい……。
深く深く、ふたりが混じっていく。そこには努力も頑張りもなくて、ただお互いを愛して求めているだけの番があった。
唇が離れると、一郎は慈しみながら朝陽の頭を撫でた。
「もう、頑張らない練習はいらないかな」
「……嫌だ、これからもしたい。……してほしい。一郎に大事にされてるって、実感できるから……」
ぽつりと甘えたな本音をこぼすと、一郎はきょとんとした顔をして、それか
らふにゃりと頬を緩ませた。
「練習じゃなくても朝陽は甘えるのも頑張らないのも上手になったし、俺は名目なくても朝陽を大事にするよ?」
おいで、と一郎が太ももを示す。朝陽はそこに腰を下ろして、正面からぎゅうと抱きついた。
「うん、いい子。朝陽はかわいいね」
「いちろう……いちろう……」
すりすりと彼に身体を寄せる。もう彼の体温なしでは息をすることもできない。
──ずっと、一郎と一緒にいたい。
その証が欲しい。目に見えてわかる、ふたりの愛の証が。
「指輪、買いたい……」
「結婚指輪?」
「うん……。会社には着けていけないけど……」
「片方が指にしてなければ大丈夫だよ。朝陽がつけて? 会社ではオレはネックレスみたいに首から下げて、デザインもパッと見わからないやつにすればいいから」
一郎が朝陽の頬に何度も短いキスを落とす。くすぐったくて身体を捻ると、逃げないでと腰を固定された。
「こんなに可愛くて素敵な人がいつまでも結婚してなかったら、色んな人に狙われちゃうからね」
「…………オレのことそんな風に言うの、お前だけだぞ……」
「最近、朝陽が優しくなったってデザイン部でも話題なの。だからモテモテ。お願いだから牽制させて? 俺の大事な旦那さん」
独占欲をあらわにされて、朝陽の心臓に矢が刺さる。
「……わかった」
互いにしか見せない顔を見せあって、許しあって。そうしてふたりの日々は続いていく。
「朝陽」
「一郎……」
顔が近づいて、また口づけをひとつ。
馬鹿がつくほど真面目な男は、世界で一番自分を甘やかしてくれる男の愛に溶けて、幸福の中で穏やかに微笑んだ。
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