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第二章 第1話 年の差
年の差
それは、ふたりがパートナーシップ制度を利用するために必要書類をまとめている時のことだった。
「はあ……おいしい……やっぱりドーナツは止められないなあ……」
一郎は朝陽が買ってきた有名チェーン店のドーナツを食べながら、頬を緩ませた。彼はかなりこの店が好きらしく、手土産に買ってくるから何が食べたいと聞いたところ、即答で三種類のドーナツの名前を上げた。心なしかいつもより雰囲気がほわほわとしている。
「お前二十六になるんだからそろそろ胃に来ないのか?」
朝陽はストロベリーチョコがかかったドーナツを食みながら、思わず疑問を口にする。朝陽も甘いものを食べるようになってそれなりの量を摂取するが、一郎はそれより多い。
もう朝陽たちは二十代の後半に入った。そろそろ胃がもたれてきてもおかしくない。
「え? 俺二十八だよ?」
だが、一郎は朝陽よりも二つ上の年齢を口にした。
「は?」
「ん?」
「…………だって、え? オレと同期だろ……?」
朝陽と一郎は同じ年、同じ日に入社した。勿論大学を浪人していたら年はズレれるかもしれないが──。
「俺、アプリデザインの修行したくて大学出てから二年アルバイト生活だったんだ。だから朝陽より年上だよ。大学はまったく別のこと専攻してたから」
「っ、嘘だろ……!?」
慌てながら一郎の戸籍謄本を見る。そこにはしっかりと、朝陽よりも二年早く彼が産まれたことが記されていた。
無音が部屋に響く。一郎が年上。朝陽の中では、年上は形だけでも敬わなければいけないものという考えがある。
悩みに悩んだ末、朝陽は絞り出すような声で言葉を紡いだ。
「……………………け、敬語、使った方がいい、ですか……」
とてつもなく嫌だが、年上とわかった以上それに合った態度を取らねばならない。なぜだか悔しくて、朝陽は一郎から目をそらした。
「……ぶはっ! あはははははっ!」
一郎が吹き出して、腹を抱えて床に転げる。朝陽は真剣に聞いたのに。
「笑うなよ!」
「あははははっ! まっ、待って、お腹痛いっ……! 敬語って、かわいすぎるっ……!」
どうやら何かが一郎のツボに入ったらしい。彼の笑いは止まらず、ひいひい言いながらのたうち回っている。一郎は朗らかに笑うのしか見たことがなかったから、こんなに爆笑するとは思わなかった。
「はー……あー笑った……朝陽すごいね」
「……オレは本気で聞いたんだぞ」
「わかってる。ね、古い時代じゃないんだから旦那さんに敬語なんて使わないで。いや、この場合パートナー……? まあいいや、学生じゃないんだから、二つ差なんてあってないようなものだよ」
一郎が優しく朝陽の頭を撫でる。彼の包容力が年の差からくるものだとするのなら、なんだか納得できる気がした。
「…………わかった」
こくん、と頷く。正直敬語を使うのは距離ができてしまったみたいで寂しいと思っていた。
「あ、でも」
「?」
「一回でいいから、一郎さん、って呼んでみてほしいなあ」
「…………い、一郎、さん?」
彼の望みを口にすると、一郎は心の底から幸せそうな顔をして、朝陽の額に口づけた。
「ふふ、かわいい。ほんとうに新婚さんだ。俺も朝陽さんって呼んだ方がいい?」
「なんかむずがゆいからやめろ……」
「でもやっぱり、一郎って呼び方が一番だね。朝陽が俺に甘えてくれる証拠だもん」
「……そうかよ」
「じゃあ、呼んで? 俺への気持ち、いっぱい込めて」
「…………いち、ろう」
「よくできました。いい子」
褒美のように、唇に温かいものが触れる。朝陽は年上の恋人の優しさに溺れながら、その背中に腕を回した。
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