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第二章 第2話 ふたりを結ぶもの(前編)

ふたりを結ぶもの(前編)   「いらっしゃいませ。新谷様、津島様。お待ちしておりました」  糊のきいたシャツに制服らしい紺色のパンツスーツを着た女性がふたりに一礼する。 「本日担当させていただく、矢田と申します」 「よろしくお願いします」 「よろしくお願いします~」  朝陽と一郎は、結婚指輪を作りにオーダーメイドをしてくれるジュエリーショップに来ていた。周囲の目を気にして個室でヒアリングをしてくれるところを選んだ。店員の洗練された物腰としっかりと区切られた個室の空間が、いい買い物をする雰囲気を作っているのだと思えた。 「お飲み物は何になさいますか。コーヒー、紅茶、緑茶、ほうじ茶、オレンジジュースがございます」 「じゃあ俺は緑茶でお願いします」 「ほうじ茶をお願いします」  朝陽は内心緊張している。今カフェインを摂取したら胃が痛くなりそうだ。なのでほうじ茶を選んだ。 「かしこまりました」  矢田は一度バックヤードに行き、数分すると緑茶とほうじ茶を入れた紙コップを持ってきた。 「たくさんヒアリングをさせていただきますので、おかわりが必要でしたら遠慮なくお申し出くださいね」 「ありがとうございます」 「ありがとうございます、いただきます」  ひと口含むと、香ばしい煎られた茶の香りと味が嗅覚と味覚を満たした。 「うまい……」 「ありがとうございます」  朝陽は思わずもうひと口飲んでしまった。お世辞でなく、本当に美味しいのだ。これまで飲んでいたお茶と何もかもが違う。 「ではヒアリングをさせていただきますね。事前におうかがいした内容ではペアリングご希望とのことでしたが、お間違いございませんか?」 「はい、結婚指輪を作りたいです。ただ会社が同じで、デザインが同じものを持っていると関係がバレてしまうので……」 「なるほど、そういったご事情が」 「……難しいですか? デザインが違うペアリングなんて……」  ──すごい無茶な注文してる気がする。断られたら……。  朝陽は思わずうつむいてしまった。だが。 「いいえ、全く難しくありませんよ。男女のカップルの方でデザイン違いのペアリングをお求めになる場合もとても多いです」 「……え、そう、なんですか?」  顔を上げると、矢田がにっこりと微笑んでからカタログをめくる。 「はい。ご事情は様々です。新谷様たちのように関係性をあまり表に出したくない方々、好みが違うからといった方々もいらっしゃいます。当店の通常プランの中にもございます」  彼女が見せてくれた商品例は、どれも一見ペアリングとわからないものばかりだった。 「すごい……」 「よかった。じゃあそれでお願いしたいんですが」 「かしこまりました。セミオーダーとフルオーダーのプランがございますがどちらになさいますか?」 「……一郎、どっちがいい?」 「うーん……俺はどうせだからフルオーダーがいいなあ。朝陽との大事な指輪だから、世界に一個しかないペアリングがいい。でも、値段と相談かな」 「お値段はこのようになっております」  矢田が料金表を見せてくれる。セミオーダーとフルオーダーでは確かにフルオーダーの方が高いが、それでも予算内に収まっている。 「オレもフルオーダーでいい。けど、デザインのことあんまり詳しくないから力になれないぞ」 「ふふ、俺も指輪のデザインはしたことないなあ」 「ご安心ください、私がヒアリングをしながらデザイン画を起こさせていただきますので」  そう言って矢田はバインダーとシャープペンシルを取り出して、ふたつの丸を書き始めた。 「すごい、デザイナーさんなんですか」 「はい。どのようなデザインがいいか、たくさんお考えください」 「えっと、じゃあ……」  それから朝陽と一郎はそれぞれの意見を矢田に話した。  朝陽は男がつけても違和感のないシンプルだがオーダーメイドらしさが出るものを、一郎はデザインをしっかり作り込んだものがいい、という意見にまとまった。 「では、花のデザインを入れるのはいかがでしょう? 新谷様はワンポイントで中央にひとつ、津島様は斜めの模様をこのように三つほど。同じ花でも、角度が違うだけで同一のものには見えにくくなります」  矢田はふたつの指輪のデザインを起こしていく。確かに一見ペアリングに見えない、だが確実に共通項のあるものが出来上がっていった。 「あ……できれば、茶色の宝石を入れてほしいんですが、できますか?」  一郎の瞳の色──鳶色の宝石があるのならば、それを刻みたかった。 「かしこまりました。宝石の種類はこのようなものとなっております、いかがでしょう? 宝石の中でも色が細分化されていますので、お好きなものをお選びください」 「じゃあ…………これでお願いします」  朝陽はエンスタタイトという宝石の中から、一郎の瞳に近い色のものを選んだ。 「あ、裏石って入れられますか?」  一郎が手を上げて矢田にたずねた。 「うらいし?」 「指輪の内側に宝石を入れることだよ。俺も入れたくって。裏側ならバレないでしょ?」 「可能ですよ。どのような宝石にいたしましょう?」 「うーんと……ペリドットでお願いします」  一郎は鮮やかな黄緑色の宝石を選んだ。自惚れるなら朝陽の瞳の色に似ている。 「他にご希望はございますか?」 「大丈夫です」 「大丈夫です」 「ではこれからフィッティング用の試作リングをお作りしますね。おふたりの指のサイズを測らせていただきます」  矢田がロータリーメジャーを取り出す。先に一郎が指のサイズを測り、朝陽はその様子をじっと見つめていた。  

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