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第二章 第4話 背負うもの
背負うもの
光の中、一郎が朝陽に触れて、頭を撫でる。朝陽も一郎に抱きついて、その体温を確かめる。
そこには、幸せしかなくて、ふたりは満たされていて。
だが、朝陽は突然誰かに後ろから身体を引っ張られ、一郎と引き離された。
「朝陽! ようやく見つけたぞ!」
「お父さんとお母さんがどれだけ探したと思ってるの……! ほら、帰るわよ!」
「っ!? 父さん、母さんっ……」
両親はその年に見合わぬ怪力で朝陽を連れていく。
「待って、嫌だっ! 一郎、一郎ぉっ!」
「朝陽っ!」
引き裂かれる。一郎が闇に飲み込まれていく。
「一郎っ! 助けてっ!」
次の瞬間、朝陽は結婚式場にいた。自分の服も紋付き袴に変わっている。
「さあ朝陽、お前の妻だ」
父の声が聞こえる。目の前にいるのは白無垢を着た顔の見えない女性。
「嫌だ、オレは一郎と結婚したんだ! 帰してくれっ!」
そう叫ぶのに、身体が勝手に動く。顔のない参列者たちか拍手をして、花嫁と共に歩いてしまう。
「一郎、一郎っ! 嫌だ、なんでっ……!」
参列者の一番前、父が安心した顔で息を吐いているのが見えた。
『お前が人並みの幸せを手に入れて、ようやく父さんも幸せになれるんだ』
父がそう言っていたことを思い出す。そうか、なら父は今幸せで。
──じゃあ、これが、正しいのか? オレは父さんに認められたくて頑張ってきて、だから、正解は、でも、オレは一郎が──
わからない。一郎と引き裂かれた絶望と、父が幸せであるという事実が朝陽の思考能力を奪っていく。
花嫁の顔が近づいて、そして──。
「朝陽っ!」
「ッ!?」
ハッと目を開ける。目の前には永久の愛を誓った人。部屋はふたりで選んだ新居の寝室だった。
「ゆ、夢……?」
怖い夢だった。朝陽は思わず自分を抱きしめる。
夢の中の、安心した父の顔が頭から離れない。
「────っ、ぅ……」
朝陽の瞳から、静かに涙が零れる。
「朝陽、どうしたの? 怖い夢見たの……?」
「っ、見た……一郎と、引き離されて……知らない人と、結婚させられるところだった……!」
怖かった。あの時父と決別していなければ、あれが朝陽の未来だったのだ。
「そっか……怖かったね……」
「そ、それで……とうさん、が」
父が、安心していた。あんな表情見たことがない。朝陽は、父から唯一の安らぎを奪ってしまった。それは、きっと許されることではない。
「父さんが、ほっとしてた……」
求める愛情を与えられなかったとはいえ、自分を育ててくれた父を捨てた。その事実は変えようがない。
「っ、ふ、ぅっ…………!」
涙がぼろぼろと伝い落ちていく。最低な人間だと思う。けれど、これが朝陽の選んだ道だ。父の幸せより、自分の幸せが欲しかった。
「うん……ごめんね」
不意に、一郎がぼつりと呟いた。
「え……?」
「全部俺のせいだ。朝陽は悪くないよ。ほんとうにごめん」
「は……、な、んで、お前が謝るんだよ……!」
「朝陽に帰っておいでって言ったのは俺だから。……俺が、家族を捨てさせたから」
「っ……!」
がん、と頭を殴られたような衝撃。
──こいつ、そんなこと考えてたのか? もしかして、オレに帰ってこいって言った時からずっと?
「馬鹿っ!」
朝陽は大声で一郎を叱りつけた。一郎の言うことは間違っている。朝陽は一郎の言うままに彼を選んだわけではない。
「オレが、オレの意思で、一郎を選んだんだっ……!」
きっかけは一郎だったかもしれない。けれど決めたのは朝陽だ。一郎に強制されたわけではない。
「でも……」
「でもじゃないっ! ちゃんとオレが決めたんだ! っ、お前のせいにするな、馬鹿っ……! オレが流されて一郎を選んだって思ってたのかよっ……!」
ぼろぼろと涙が溢れて止まらない。朝陽の決意を信じてもらえていないようで悲しかった。朝陽は一郎がいいのに。あの日、両親と決別した時、共に生きる相手を決めたのは他の誰でもない自分なのに。
「お前が、勝手に背負うなよっ……! ちゃんとオレに背負わせろ、勝手に取るなっ……!」
嗚咽が部屋を満たす。やがて一郎は朝陽を抱き締める力を強め、あやすように頭を撫でた。
「……ごめん、朝陽の気持ちを軽く見てたわけじゃないんだ」
ゆっくり、ゆっくり大きな手がぬばたまの髪を梳く。
「っひ、ぅ、うぅ……っ! 馬鹿、一郎の、馬鹿……!」
「朝陽が俺を選んでくれたのはすごく嬉しいけど……大事だった家族とさよならするのは、簡単に割りきれることじゃないってわかるし……親離れしようって言ったのは、確かに俺なんだよ」
「っ、う、っ……」
「でも朝陽は、朝陽が自分で背負いたいんだよね」
こくこくと何度も頷く。これだけは、一郎に背負わせたくなかった。
「じゃあ俺は背負わない分、朝陽を隣で支えるよ。それくらいは許してくれる?」
鳶色が朝陽に許しを乞う。朝陽は悩んで、一郎にぎゅうと抱きついた。
「……次、謝ったら、許さない…………」
「うん、わかった」
「オレの覚悟、舐めるな……馬鹿」
「……うん」
一郎が優しく朝陽の髪を撫でる。朝陽はひぐひぐと嗚咽を漏らしながら、一郎の胸に顔を押し付けた。
「……もう一回、寝る…………」
「うん」
「また、変な夢見ないように……抱き締めてて、ほしい……」
「もちろん、いいよ。起きたらホットケーキ焼こう。朝陽が食べたい分、何枚でも」
「……うん……」
ベッドに横になって、一郎の腕の中に収まる。
きっとこの荷物は、永遠に下ろすことができない。けれどそれでも構わない。
──一郎と、一緒に生きるためなら、どんなに重くても、いい。
朝陽は温かさの中で、ゆっくりと目を閉じた。
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