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幕間:呼び声

 二月の寒いとある日。一郎はまどろみの中から意識を浮上させた。 「ん…………」  ベッドはぬくぬくと温かく、いつまでも浸っていたいが、身体は空腹を覚えている。隣を見れば、すやすやと眠っている可愛らしいパートナーがいた。 「ふふ、かわいいなあ」  重力のままに下りている前髪と形のいいくちびるに口づけを落とす。朝食を作ろうとベッドから下りると、ベッドの方からごそごそと音かした。 「いちろう……」 「朝陽起きたの? 今ごはん作るから──」  だが返事はない。振り返ってみると、朝陽は目を閉じたままだった。 「……ちろ…………」 「……もしかして、寝言?」 「んん……」  朝陽は自分の隣──さっきまで一郎が眠っていたところを、何かを探すようにぽんぽんと触る。 「いちろう……?」 「!」  寝ながら、一郎を探しているのだ。睡眠時という意識が夢の中の状態でも、彼は一郎を求めている。その事実に、一郎の胸に愛の矢が突き刺さった。 「いちろ……どこ……」  彼の顔にだんだんと眉間の皺ができていく。 「かわいすぎる……」  ベッドに戻って、再び彼の横に寝っ転がる。そして、朝陽の手を自分に触れさせた。 「あーさーひ。ここにちゃんといるよ」 「ん……」  きゅう、と朝陽が一郎を抱き締める。捕まってしまってはもう朝食を食べることはできないが、そんなことどうでもよくなってしまった。 「いちろう……」 「はあい。朝陽、夢の中の俺と何したいの?」 「……キスと、ハグ……」  なんと会話ができる。夢でもしていることは変わらないらしい。 「ねえ、朝陽はどんなキスが好き? 軽いの? それとも深いの?」  この際だから彼の好みを聞くことにした。シチュエーションによって使い分けているが、できることなら彼の好きなものをたくさんしたい。 「どっちも……好き……キスしたい……」  朝陽の回答はなんとも可愛らしいものだった。 「そっか、どっちもかあ。今はどっちがいい?」 「ん……深いのが、いい……」 「りょーかい」  半開きの朝陽の口に舌を差し入れる。温かな咥内を舐め上げて、ちゅうと舌先を吸ってみた。 「ん……ん……」  朝陽は眠りながら舌を絡めてきて、一郎の背中に腕を回す。 「ん……」  くちゅ、くちゅ、と水音が響く。起きていても眠っていても可愛いなんて、朝陽は本当にこの世で一番のパートナーだ。  上顎をくすぐるように舐めると、敏感なところを責められた朝陽が腰を擦りつけてくる。わざと煽るようにしたのだが、うまくいったらしい。 「んっ、ぁ、っ……」  欲を引き出すように、朝陽の粘膜をひたすらに愛撫すると、彼の声が艶を纏ったものに変わっていく。その声を聞いただけで、情欲が沸き上がってきた。  ──このまましたら寝込み襲うことになるよな。流石にそれは……ちょっと、どうかなあ。 「ん……ん、ん!? んーっ!?」  甘やかだった声が驚きに変わる。目を開けると、朝陽のエメラルド色の瞳がしっかりと見開かれていた。理性が無くなる前に起きてくれてよかったと思いながら、一郎は唇を離して、ふふ、と微笑む。 「おはよ、朝陽」 「なんっ、お前、朝から何してっ……!」 「朝陽が深いキスしたいって寝言で言ってたからしちゃった。ダメだった?」 「なっ……! そんなこと、言ってな………………言っ……」  朝陽の目が泳ぐ。おそらく夢の中でそう言ったことを覚えているのだろう。 「言っ……たかもしれないけど……!」 「朝陽が何回も俺のこと呼んでくれたのが嬉しくて、えへへ」  朝陽の顔の横に片手をつく。整った顔をもう片方の手でなぞりながら、穏やかな声で彼を誘う。 「キスだけで、足りそう? 俺は足りないなって思ってるんだけど」 「っ……!」  朝陽の目が揺らぐ。彼が僅かに口を開いた、瞬間。  ぐううう、と間抜けな音が自分の腹から鳴った。 「…………」 「…………」  艶やかだった雰囲気が霧散する。これはあまりにも格好がつかない。というか、恥ずかしい。 「っ、くく……」  朝陽が耐えきれないと言った風に笑い出す。 「腹減った状態で、セックスするつもりだったのかよ……」 「朝陽がかわいくてお腹減ってたの忘れてたんだよ」  ぷうと頬を膨らませると朝陽が起き上がって一郎をベッドから立たせる。 「オレも腹減った。飯食ってからにしよう」  朝陽の笑みはずっと続いている。よほどツボに入ったのだろうか。 「……そんなに面白い?」 「面白いっていうか……お前が可愛いなって思ったんだよ」 「……かわいいのは朝陽の方でしょ」  互いを愛でながらキッチンへと向かう。朝食後にどうやって朝陽を愛そうかを考えながら、一郎は朝陽の頭を撫でた。              

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