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第二章 第十九話 ふたりがふたりである証し

「ねえ朝陽、フォトウェディングしてみない?」  金曜日の夜、一郎のベッドで寝転がっていると彼がそんな提案をしてきた。 「フォトウェディング……ってなんだ?」 「結婚式とか披露宴しないで、タキシードとかドレスとか着て写真撮ること。事実婚の人たちがよくやるみたいで」  一郎がほら、とスマートフォンの画面を見せてくる。そこにはタキシードを着て幸せそうに笑いあっている、男性同士のカップルの写真が載っているサイトが表示されていた。 「へえ……男同士でもできるんだな」 「うん。誰か呼ぶ必要もないし手軽だと思うんだけど、どう?」  一郎が見せてくれたサイトをスクロールしていく。どうやらこの会社はLGBTのフォトウェディングを行っているらしく、男性同士も女性同士も幸せそうな写真がたくさん写っていた。 「……結婚式、したいのか? なら一郎の親御さんだけでも呼んで……」 「あっ、違うよ。結婚式そのものに憧れてるわけじゃなくて、結婚したってことを形に残したいなあ、って思ったんだ」 「形に……」  一郎と結婚した証しを、この世に残す。後の世代に命を繋ぐことはできないけれど、ふたりが共にあったという事実をカメラに焼き付けて、この部屋に写真を飾って。  それは、きっととても幸せなことで、大切な思い出になると思った。 「……うん。俺も、したい、な」 「ほんとう!? じゃあ予約しよう! ふふ、いつにしようかなあ」  一郎はぱあっと顔を輝かせて予約フォームへと進んでいく。まるでこれから散歩に行く犬だ。朝陽は愛しくて仕方ない大型犬の毛をくしゃくしゃに撫でる。 「朝陽のタキシード姿、すっごく楽しみ!」  そうか、結婚式のように写真を撮るということは、一郎も朝陽もタキシードを着るということで。モデルのように顔の整った目の前の男のタキシード姿を想像しただけで、朝陽はときめきで胸が潰れそうになってしまった。 「……心臓、持つかな……」 「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」 「そういうことじゃないんだが……まあ、うん」  朝陽のこめかみにキスが落ちる。どうか当日生きていられますようにと願いながら、朝陽は一郎に身体を寄せた。 「わ、朝陽すっごく似合ってる。かっこいいね」 「…………」  数週間後、とあるチャペル。仕事でもスーツを着ているのを見たことがない男の真っ白なタキシード姿を見て、朝陽は固まってしまった。あまりにも格好よすぎる。 「朝陽?」 「っ!」  一郎が近づいてきて、朝陽の腰を優しくホールドする。近くで見るとよりいっそうその美しさが増した。  セットされて一部が撫で付けられた金の髪、きめ細やかな肌を程よく補正している化粧、なにより普段ラフな格好をしている人間が正装をしているというだけで、とてつもない破壊力が生まれるのだと身をもって知った。  直視できずに目をつむると、彼がクスクスと笑って頬に触れてきた。 「目つむってたら写真撮れないよ? ね?」 「お前が眩しいのが悪い……格好よすぎてずるい」 「朝陽の方がかっこいいのに」 「今のお前に言われたら嫌味にしか聞こえない……」  そんな会話をしていると、ふたりを微笑ましく見つめながらカメラを持った男が近づいてきた。 「おふたりともとてもよくお似合いです! 私本日カメラマンを担当する田中です!」 「津島です。よろしくお願いします」 「……よろしくお願いします、新谷です」 「では早速撮っていきましょうか。まずは正面を向いているポーズのものを撮って、その後はおふたりらしい自由なものを。時間目一杯素敵な写真を撮らせていただきます!」  とても活気に満ち溢れた男性だ。朝陽と一郎は田中に導かれて所定の位置に立つ。写真などほとんど撮ったことがないから、どんな顔をしたらいいのかわからない。 「新谷さん、もう少しにこっとしてみましょうかー」 「に、にこっと……?」  必死に表情筋を動かしてみるが、ひきつってしまう。苦戦していると、一郎が優しく肩を抱いてくれた。 「朝陽、カメラ見ながら俺の寝起き思い出して。雨の日で頭がぼさぼさのやつ」  言われるままに、いつもより三割増しで髪の毛がくるくると跳ねている一郎を思い出す。その愛らしい姿に、思わずくすっと笑ってしまった。 「おっ、いいですねー! そのままそのまま!」  数回フラッシュが焚かれて田中が写真を確認する。彼はうんうんと頷いた。 「では次はご自由なポーズしてみましょう!」 「自由、って言っても……」 「お姫様抱っこをされる方や宣誓をしている姿で撮られる方もいますよ!」 「田中さん、じゃあキスとかしていいですか?」 「はあ!?」  思わず驚いて叫んでしまったが、田中はぐっと親指を立てて了承の意を示した。 「もちろんです! お熱いのいっちゃってください!」 「ふふっ、だって。朝陽、最初はおでこにするね。目つむって?」 「~~っ!」  愛おしげに見つめられてしまうと、嫌とは言えない。朝陽は羞恥に耐えながら目をつむった。額に温かいものが触れて、シャッター音が鳴る。 「オッケーです! どんどんいきましょう!」 「じゃあ次は口にするね?」 「……ん」  唇に柔らかな感触。キスしているところを写真に残すのは恥ずかしい。けれどフォトウェディングという非日常に酔っていたのかもしれない。朝陽は一郎の口づけをちゃんと受け入れて、タキシードの裾を掴んでいた。 「いいですねー! 他に撮りたいのありますか!?」 「……じゃ、あ、その」  ここまで来たらどうにでもなれ、というやけくそな気持ちが出てきてしまって、手を挙げる。 「はいっ!」 「オレからキスしてるところも、いいですか……」  朝陽は顔から湯気を出しながら提案した。朝陽だって一郎のことが好きなのだと示したい。誰に見せられなくても形に残したい。人の前でそれを示すのは死ぬほど恥ずかしいけれど。 「もちろん! しっかり綺麗に撮りますよー!」  田中がカメラを構える。一郎が嬉しそうに目を閉じたので、朝陽は傷ひとつない頬に唇を寄せた。  ピピ、とカメラが照準を合わせる音がして、シャッターが切られる。ばくばくと心臓がうるさい。恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだった。 「オッケーです!」  唇を離すと、一郎が朝陽を引き寄せて腕の中に閉じ込めた。 「朝陽、かわいい。かっこいいのにかわいいなんてすごいよ」 「だから、お前が格好いいって言うと嫌味なんだって……」 「抱き締め合ってるのもいいですねー! そのまま! 撮りまーす!」  田中はテンションを上げていき、どんどんと写真を撮っていく。沢山撮りすぎて厳選するのが大変そうだと思いながら、朝陽はきゅうと一郎の服を握った。 「ふふ、すごい綺麗に撮れてるね」  フォトウェディングから数日。一郎はスマートフォンに収められた写真をいつまでも眺めている。撮った写真はサービスでふたりのスマートフォンに送ってもらった。一郎はいつでも朝陽の晴れ姿が見られると喜んでいる。 「……他の人に見せないでくれ、頼むから。特に会社では出すなよ!」 「わかってるよ。これは俺だけの内緒。それにしても俺ってこんなにかっこよくなるんだね」 「……だから嫌味をやめろ」  一郎ほどの美男に──俗っぽく言えばイケメンが謙遜をすると、ただの嫌味にしか聞こえない。 「いや、モテるのは自覚してるよ? けどモテるのとかっこいいのは別じゃん。俺は朝陽の方がキリッとしててかっこいいって思うんだよね」 「……そうかよ。ていうかモテるの自覚してなかったら流石に怒る。普通の人間は社内に親衛隊できないんだよ」  確かに一郎は朝陽より朗らかな顔立ちだ。朝陽からしたら冷たく見える自分の顔よりそちらの方が愛されると思うのだが。  ふたりで真正面を向いている写真は、写真立てに入れてリビングに飾ってある。どこにでもいる夫婦のようなその光景を見る度に、胸がどうしようもない幸福で満たされる。 「俺たちふたりとも写真撮らないから、新鮮だったなあ。また記念日とかに撮りたいかも」 「……別に、記念日じゃなくても写真は撮れるだろ」  機材はスマートフォンがある。撮った写真さえ世に出なければ、朝陽はいくらでも撮影に付き合うつもりだった。 「じゃあ、今撮ってもいい?」 「今? 何もないのに?」 「日常の朝陽を残しておきたくて。いつもの朝陽も最高にかわいくてかっこいいから」  一郎はそう言ってスマートフォンのカメラを起動する。ソファに座っている朝陽にカメラを向けようとしたのを阻止して、カメラのモードをインカメラにした。 「お前も写るならいい。ひとりは嫌だ」  刻むのならば、ふたりで生きている証しがいい。一郎ならともかく朝陽単体では意味がないのだ。 「ふふっ、はあい。じゃあ撮るよ」  画面の中には冷酷に見える自分の顔と穏やかな一郎の笑顔。自分はとことん写真写りが悪いと思いながら、朝陽は一郎の肩に頭を乗せる。  ほんの一瞬、シャッターを切る瞬間だけ、少しだけ穏やかな笑みを浮かべられたのは、きっと隣の男の影響だと思った。  

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