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第二章 第二十三話 酔って甘えて

酔って甘えて  金曜日、居酒屋の一角で朝陽はくぴりと梅酒を煽った。今日は営業部の飲み会だ。飲み会自体は得意ではないが、たまにはいいだろうと思って参加を決めた。 「新谷さん、おかわりいりますかっ?」  日浦は後輩らしく、酔いながらも朝陽に気を遣っている。こういう愛嬌のあるところが彼が営業先で褒められる理由だと改めて思えた。 「……じゃあ、梅酒。あと、チェイサーが欲しい」 「はいっ! あ、お水はこれどうぞっ!」  彼はピッチャーから水を注いで朝陽に手渡してくれた。 「ありがとう」  素直に礼を言って、それを受け取る。周囲も程よく酔っていて、けれど互いを尊重しているのがわかった。  そんな環境で飲む酒は簡単に言えば、美味いと思える。だが飲みすぎて前後不覚になどなってはいけない。朝陽は自分を嗜めるようにチェイサーの水をぐいと口に含んだ。  それから、三十分後。 「んん……」  おかしい。身体にうまく力が入らない。重心が安定せず、ゆらゆらと揺れてしまう。今にも目をつむってしまいそうな酩酊感もある。 「新谷さん大丈夫ですか? 飲みすぎじゃ……」 「そんなに、酒、のんで、ない……水、のんでるだけ……」  ちゃんと梅酒の合間に水を何杯も飲んでセーブしていたはずだ。なのにどうしてこんなにも酔いが回るのが早いのだろう?  思考がうまくまとまらない。身体が熱い。瞼が重い。このふわふわとした感覚をいつまでも味わっていたいような、今すぐ眠ってしまいたいような。 「ん……んん……」  とうとう耐えられず、テーブルにうつ伏せになる。どうしてこんなにも気持ちがいいのだろう。 「……あっ! 新谷さん、これ水じゃなくて焼酎の水割りですよ!? いつの間に……!」  日浦が朝陽の持っていた飲み物の正体に気づく。だがもうその言葉の意味を理解することはできずに、朝陽は夢の中へと落ちていった。 「朝陽、あさひ」 「んん……」  聞き慣れた声。ぼやけた思考のまま目を開けると、そこには世界で一番大好きな男の姿があった。 「いちろ……?」 「迎えに来たよ、朝陽。間違っていっぱいお酒飲んじゃったんだって?」  一郎だ、一郎がいる。優しくて自分を甘やかしてくれる存在が、朝陽を起こしてくれた。 「いちろう……」  朝陽はふらふらの身体で一郎に抱きつく。アルコールで熱くなった身体には、彼の体温が気持ちよかった。 「わっ、朝陽!?」 「いちろう、すき……」  なんだか今はひどく気分がいい。彼に甘えたくなってすりすりと彼の胸に顔を寄せた。  どろどろに甘やかして、褒めて欲しい。たくさん触れて、キスをして欲しい。そして、朝陽の愛を受け取って欲しい。 「いちろう……」  とろんとした瞳で彼を見つめると、彼は困った風に笑みをこぼした。 「かわいいところ、俺以外に見せないでって言ったのに」 「……?」  一郎の言葉の意味がわからない。胸に溢れた気持ちのまま彼に口付けようとすると、彼の指がそれを止めた。 「キスは家に帰ってからね? そしたらたくさんしていいから」 「……あとで?」 「そう、後で。絶対に俺からもしてあげるから」 「……わかった」  必ずしてくれると言うのであれば、素直に言うことに従おう。こくんと頷くと、いつものように一郎が頭を撫でた。 「うん、いい子。じゃあ帰ろうか。立てる?」 「たてない……」 「そっかあ。どうしよっかな。おんぶしていい?」 「ん……」  一郎が背を向けたのでその背に身体を預ける。誰かにおぶわれた記憶などなかったので、浮遊感がとても新鮮だ。 「じゃあお先に失礼します」  一郎が誰かに挨拶をする。新谷さん大丈夫ですか、なんて声が聞こえた気がした。 「だいじょうぶ……いちろうがいるから……」  そう言ってぎゅうと彼を抱き締める。世界で一番安心する体温に包まれて、朝陽は夢見心地だった。 「……できれば、これは秘密にしてあげてください。恥ずかしがっちゃうから」  くすりと、一郎が笑う。朝陽の記憶はそこで途絶えた。  次の日。 「…………しねる」  ベッドの上で朝陽は絶望していた。記憶も全てなくなっていればよかったのに、自分の脳みそは昨夜のことをしっかりと覚えていた。居酒屋で、営業部のメンバーがいる中で、一郎に甘えてしまった。 「……どんな顔して会社行けばいいんだよ…………!」  日浦にも、村尾にもあの恥ずかしいところを見られてしまったということだ。記憶違いでなければ、一郎にキスまでねだっている。人前で、しかも会社の人間の前でイチャつくなど、絶対にやってはいけなかったのに。 「あ、朝陽おはよう」 「いちろうっ……! 俺、俺っ……! 昨日あんなことっ……!」  半泣きで部屋に入ってきた一郎を呼ぶと、彼は穏やかに微笑んで朝陽の頭を撫でた。 「大丈夫。みんな内緒にしてくれるよ」 「そういう問題じゃないっ! もう会社行けない……!」  うう、と呻いていると、一郎が朝陽、と名前を呼んだ。 「そうだね。しばらくお酒は控えめにしよっか。俺もあんなにかわいい朝陽、他の人に見せたくなかった」  独占欲を含めた言葉。それに胸をときめかせていると、優しい男はこつんと額を合わせて、朝陽の右手をきゅうと握った。 「わざとじゃないってわかってるけど、お酒はほどほどに、ね?」 「……うん…………」  一郎の苦言に何も言えずに、朝陽は二日酔いの頭をそっと押さえた。 

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