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第二章 第二十八話 再会

再開  それから一ヶ月、一郎に会えない日々が続いた。清潔な病棟の中、ベッドの上でひたすら回復を待つ毎日。病院には電話室という場所があり、通話はそこでしか許されていなかった。一日の使用時間は二十分。毎日一郎に電話をかけて様子を聞いて、それ以外はメッセージで近況を報告した。  一郎はずっと寂しい、会いたいよと何度も弱音を零した。その言葉を聞くたびに寂しく、けれど同時に彼を愛おしく感じた。寂しい分会えたときに甘やかしてくれ、と言うと、彼は絶対にどろどろにするから安心して、と答えた。    そして、退院の日がやってきた。傷は完全に塞がってはいないが通院で治療できるまでに回復し、痛みも痛み止めを飲めばどうにかなるくらいになった。荷物をまとめて、医師に注意事項を聞いてから会計へ向かう。  一階の大きな受付にあるソファに、彼は座っていた。ふわふわの金の髪に優しい鳶色の瞳。間違えるはずもない、一郎だ。 「一郎」  ぽつりと言葉が零れる。会いたかった。ずっと、ずっと。会いたくて仕方がなかった。『頑張らない練習』を初めてから、こんなに離ればなれになったことはなかった。 「朝陽…………」  朝陽に気づいた一郎が駆け寄ってくる。そして、温かなその身体で朝陽を包み込んだ。 「……一郎、会いたかった」 「うん、俺も」 「……寂しかった」 「俺もすっごいさみしかった。さみしくて死んじゃうかと思った」  大きな手が朝陽の頭を撫でた。それだけで、こんなにも満たされた気持ちになる。彼の手にはきっと魔法の力があるのだ。 「……帰ろう。早く、家に帰りたい」  自分の居場所で、愛する人と時を過ごしたい。そう願うと、一郎はそうだね、と笑って朝陽の荷物を取ってしまった。 「会計しに行こうか。手繋ごう?」 「……それだと財布が出せないだろ?」  朝陽も大概だが、一郎も少しでも朝陽に触れていたいらしい。朝陽はくすりと笑って、一郎と共に会計に向かった。 「ただいま」 「おかえり、朝陽」  一ヶ月ぶりの我が家に足を踏み入れる。懐かしいけれど、慣れ親しんだその空間に、ほっと安堵の息が漏れた。 「疲れたでしょ。ちょっと休む?」 「……そうだな、一郎と、ごろごろしたい」 「うん。俺も」  荷物を自分の部屋に置いてから、一郎の部屋に向かう。彼のベッドには留守番係のようにわに次郎が鎮座していた。  ごろんと横になると、一郎も隣で寝転ぶ。彼が腕を伸ばしたので、そこに頭を乗せて、身体を近づけた。 「あさひ」  整った顔が近づいて、唇に温かいものが触れる。一ヶ月ぶりの口づけは、どこまでも優しかった。 「ん……」 「っん……」  口唇を開くと、全てを理解しているように舌が入り込んでくる。熱を持ったその感触に身体の感覚が溶けていく。身体をぴったりとくっつけると、腰を引き寄せられてふたりの距離がゼロになった。 「っん、ぁ……んんっ……」  会えなかった時間を埋めるように、互いを求め合う。口の端から溢れた唾液すら一郎が舐め取って、また深く口付けられる。  数分にわたる口づけが終わる頃には、朝陽の脳みそはすっかり蕩けていた。 「いちろ……」 「ふふ、気持ちよくキスできていい子だね、朝陽」  なにがあろうと朝陽を許してくれる声。それがもっと欲しくて、ぎゅうぎゅうと彼に身体を押し付けた。 「いちろう、もっといっぱい褒めてくれ……」 「うん。一ヶ月も我慢して偉かったね。これから毎日イチャイチャしよう? かわいい俺だけの朝陽。朝陽がしたいことなんでもするよ」 「じゃあ……一郎にキスされながら寝たい……お前の腕の中が世界で一番安心する……」 「そんなことでいいの? もっと甘えていいんだよ」 「ん……一郎の好きなだけ、甘やかして、愛して欲しい…………」 「わかった。じゃあ会えなかった分、いーっぱい甘やかすね?」  溶けた砂糖のような甘い声。この世で最も安心できる場所に帰ってきて、朝陽は幸せのため息を漏らして一郎に全てを預けた。  

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