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第二章 第二十九話 傷跡と熱
一郎の腕の中で眠っていたら、陽がとっくに傾いていた。
「ん……」
「おはよ、朝陽」
もぞりと起き上がって、大きな欠伸をする。夕飯を食べる前に風呂に入ってさっぱりしたい。
「……一郎、オレ風呂入ってくる」
「あ、じゃあ俺も行くよ。朝陽ひとりじゃ入れないでしょ?」
確かに朝陽の指にはまだ包帯が巻かれていて、身体を洗うには少し不便だ。だが──。
「……いや、それは、その」
朝陽は煮え切らない答えを返す。彼と今風呂に入るのは抵抗があった。
「遠慮しないで。俺、朝陽のお世話したいんだ」
「……う、ん」
こくん、と頷く。一郎ならば大丈夫。そう思いこんで、朝陽は自分を納得させた。
久しぶりの脱衣所に行って、洋服を脱ぐ。胸から腹にかけてはまだ包帯が巻かれていて、風呂に入るにはそれらを一度解かなくてはいけない。
「っ……」
「朝陽、どうしたの?」
「……いや、なんでも、ない」
大丈夫、大丈夫、大丈夫。何度も言い聞かせてゆっくりと包帯を解いた。
現れたのは、身体中に刻まれた痛々しい打撲痕。
「────っ!」
────駄目だ、やっぱり、こんなの。
朝陽はその場にあったバスタオルを掴んで上半身を覆った。まだ一郎には見られていないはずだ。
「……朝陽? どうしたの……?」
「や、やっぱり、ひとりで入る。多分ひとりで洗えるから、大丈夫だから」
「朝陽、でも」
「駄目なんだっ!」
朝陽の悲鳴が脱衣所に響いた。病院で包帯を変える度に、思っていたことだった。傷だらけの身体を、一郎に見られたくないと。
「こんなっ……傷跡ばっかりの身体、お前に見せられないっ……汚いんだ……!」
一郎なら朝陽を拒むことはない。受け入れてくれる。それはわかっている。だがこの身体では、彼が劣情を抱くことはないだろう。心と身体は別物だ。どれだけ一郎が朝陽を愛していたとしても、生理的に興奮することがなければきっとこれまでと関係が変わってしまう。
「見ないでくれ、頼むっ……お前に、引かれたくない……! 引かれたら、生きていけない……!」
大好きだから、世界で一番愛しているからこそ、見られたくなかった。
「……朝陽」
一郎は、カタカタと震える朝陽の身体をそっと包み込んだ。この温もりを失うことだけは耐えられない。
「俺が、引くと思うの?」
声は、ひどく優しかった。
「っ、だって、汚いから……」
「汚くないよ。俺は朝陽の全部が好きだよ。だから怖がらないで」
「けど……」
「朝陽。朝陽のために世界捨てるって言ってるくらいの男が、傷跡で引くと思う?」
一郎は穏やかな笑みのまま背中を優しく叩く。額に小さなキスが落とされて、恐怖がほんの少し和らいだ。
「でも、お前が、オレの身体で興奮しなかったらって思うと、怖い……」
もう愛してもらえないかもしれない。身体を繋げるだけが全てではないとわかっていても、朝陽は一郎と愛し合うことを求めているのだ。
「そっか、怖いかあ。でもね、朝陽」
一郎は朝陽が愛しくてたまらないという表情で、ゆっくりとバスタオルに手をかける。
「俺は朝陽が朝陽なら、絶対に興奮するよ。だから見せて」
優しいけれど、きっぱりと言い切った声。あまりにも当然のようにいうものだから、まるでそれが変えようのない事実であるかのような気がしてくる。
「正直、朝陽のお風呂についてきたのも下心あったよ?」
「……そ、っか」
なんだか悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた。朝陽はゆっくり、ゆっくりとバスタオルを握り締めていた手を緩める。肩が露わになって、腕、胸、腹が一郎の前に晒された。
無数の痛々しい傷跡。一郎はそれを見て、ふっと微笑んで。
「朝陽の身体、見る度にドキドキする」
胸の打撲痕に、柔らかなキスを落とした。
「っ、いちろ……本当、か……?」
「本当かどうかは、シャワー浴びながら確かめて。脱がすよ」
「っ、あっ……」
身体中に口づけが降って、纏っているものを取られていく。これから与えられるであろう熱を思い出して、ぞくりと背中に期待が走った。
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