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第二章 第三十四話 喧嘩の後は

喧嘩の後は  帰ってきたのは夜遅くになってからだった。  ふたりは警察にこれでもかと怒られた。凶器を持っている相手を怒らせるのも、素人が刃物を持った人間に立ち向かうのも、非常に危険だから止めるように、と。  成人男性ふたりは柔和な笑みの警察のお兄さんにこんこんと説教をされて、ふたりしてすみませんでしたと頭を下げた。一郎の手には、きつく包帯が巻かれている。かなり深い傷口で、きっと傷跡が残るだろうとのことだった。  喧嘩をしてしまったので、何を話したらいいのかわからない。けれど朝陽は絶対に謝る気はなかった。一郎に自分の身を傷つけるような真似、絶対にしてほしくなかったのだ。 「……初めて、喧嘩したね」  ソファに座ってひと息つくと、一郎がそう呟いた。 「…………そうだな。でも、オレ絶対に謝らない」  あの時、嘘をつくことはできなかった。どれだけ傷つけられたとしても、一郎を選ぶことは絶対だった。 「俺も謝らないよ。朝陽が危ない目にあってるのになにもしないなんて出来なかった」 「…………でも、助けに来てくれたのは、嬉しかった」  ぽつりと言葉を漏らすと、身体を引き寄せられる。朝陽を愛する世界で一番の温もり。 「……うん、今回は、間に合ってよかった」 「俺が危ないって、誰から聞いたんだ?」 「保住さん。営業部の前通りがかったら朝陽がナイフ向けられてるの見えたらしくて、急いで俺に知らせてくれたんだ。あの子には絶対にお礼しないと」 「そう、だな」  ぎゅう、と強く抱き締められる。自然とふたりの顔が近づいて、そっと口づけが落ちてくる。 「……怒ってるんじゃ、ないのか」 「怒ってるよ。けど、それと朝陽のこと甘やかしたいのは両立できるから」 「……そっか。いい子って、言ってくれるか?」 「今日は言わない。朝陽が自分のこと、大事にしてくれなかったから」 「……そうだな。でも別にいい。オレが悪い子でも、一郎は愛してくれるだろ?」  ふっと笑うと、一郎は困った顔をしながら微笑んだ。 「……もう、そうなんだけどさ」  朝陽がどんな人間でも、この男は朝陽を愛さずにいられないのだ。それだけで、もう充分だった。こんなことを考えるなんて、朝陽は本当に『悪い子』だ。 「……お互い謝らなくても、仲直りはできるよね」  一郎の右手がそっと身体を這う。彼が何を求めているのかは、それだけでわかった。 「お前、怪我してるんだぞ」 「うん。……でも、朝陽がこの先、生まれ変わっても俺と一緒がいいって言ってくれたのに、我慢なんてできない」 「聞いてたのか、それ…………」 「だから、しよう。朝陽と愛し合いたい」 「…………わかった。けど、お前怪我してるから、オレが上に乗る」  それが妥協案だった。朝陽も一郎と愛し合いたいが、無理はさせられない。 「騎乗位なんてどこで覚えたの?」 「前に読んだBLの続きが出たからつい読んだら描いてあった……あれなら、一郎無理しなくていいだろ」  自分から快楽を求めることを、理性が残っている状態で発するのに恥は無かった。今はただ、一郎と愛し合いたい。 「そうだね。……じゃあ朝陽、いっぱいしよ?」  甘やかな誘いにこくんと頷く。ふたりの瞳には、情欲と愛が混ざっていた。  

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