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災難
待ち合わせた本屋で「斗貴央 」と後ろから呼ばれた。
振り返るとそこには、ボーダーのカットソーに緩めのジーンズを纏い、髪を後ろに緩く縛った紗葉良 が笑顔で立っていた。
なぜかその雰囲気に斗貴央はドキリとしてしまう。
辛うじて口から出たのは「お、おう」と気の抜けた返事だ。
「ごめん、遅れて」
「別に!フツー!」
「フツー?」
首を傾げた紗葉良の髪がふわりと揺れる。
「これくらい気にするなっていう意味!」
「わかった」ふふふと紗葉良は柔らかに笑う。
どことなくぎこちない斗貴央に対し、見たいものがあると自然体に紗葉良は声を掛けて斗貴央の前を歩き、お目当てだったヘアカタログの本を手に取った。
「髪……、切るの?」
「うん、いい加減ね。一年くらい伸ばしてたからさ」
何気なしに紗葉良は笑ってパラパラとページをめくるが、一年もあの男のことを好きだったのかと斗貴央は胸の奥がジリジリと焼ける気がした。
「勿体無いな、なんか……」
「え?そう?切った髪あげようか?」
「いるか!馬鹿!」
じいっと紗葉良は黙ってこちらを眺めている。「何だよ?」とふてくされ気味に斗貴央が問う。
「斗貴央といるの、楽しいね」
満面の笑みで紗葉良はそう言った。斗貴央は照れたことを知られないように「あっそ」と何でもないかのように視線を遠くにやりながらわざと愛想のない返事をしてみせた。
今日初めて冷静に紗葉良を見ることが出来た斗貴央は隣を歩く紗葉良の目を盗み、隈なくまじまじと見つめた。
よく見れば胸もないし、背がそこまでも低いわけではない。だが、それ以上に、色白い肌や濃い睫毛とその下に覗く大きな瞳、華奢で綺麗な指先に思わず先に目を奪われるのだ。
「えっち」
紗葉良の突然の言葉に斗貴央の心臓は飛び跳ねた。
「は!はぁ?!」
「穴が空くよ。そんな見ないでくださーい」
全部バレていた――。
斗貴央は恥ずかしくなって必要以上に視線をよそへ逸らすと、紗葉良の弾むような笑い声が隣から聞こえた。
その穏やかな時間を耳障りな濁声 が背後からいきなり邪魔をした。
「デートかよ原田」
振り返ると斗貴央が謹慎処分の原因になった他校の男子生徒たちが四人揃って立っていた。男たちはわらわらと二の周りを囲む。
「嘘!すげぇかわいいじゃん!援交じゃねぇの?原田」
一人が紗葉良の腕を掴んで引き寄せた、すぐに斗貴央は反応して、その男の胸を強く押し退けた。
「やめろよ!そいつは関係ないだろ!」
「お前はもう関係しちゃったの?」
「うわ、大人〜〜!」
「ねぇねぇ、こんな馬鹿やめて俺たちと遊ぼうよ〜」
多勢な自分たちが完全優位に思えるらしく、男たちは斗貴央の脅しにビクともしなかった。そのうちの二人が紗葉良を挟むように迫り、一人が肩をいやらしく抱き寄せ、その顔を紗葉良に近付ける。斗貴央は頭の中で何かがブツリと切れる音がした。
「触んなよっ!!」
――やってしまった……。
初めて自分から他人を殴ってしまった――。
斗貴央は沸騰した頭の隅にある冷静な自分の後悔を悟りながらも、一度湧き上がったその怒りを鎮めることは出来なかった。
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