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本心
「あたし、紗葉良ちゃんてもっと龍弥にマジだと思ってたんだけどなあー」
馴染みのファーストフード店で、夏奈はアイスティの入った透明のプラカップを片手でくるくる回しながら口を尖らせる。
「新しい男が出来たんだからいいんじゃねえ？」
龍弥は火のついていないタバコを咥え、唇で転がしながら夏奈へ視線も寄こさず、外を見たまま興味なさげだ。
「えー！なんか寂しいよ〜！」
「面白がってたくせによく言う」
そんなことないもーんと夏奈は嘯 く。
テーブルに置いた龍弥の携帯電話が突然着信を知らせ龍弥の顔を濁らせた。
「誰？紗葉良ちゃん？」
夏奈は身を乗り出して横から着信画面を覗く。
そんなところはどうも女の勘が働くようだ。短くため息をつき、龍弥は着信に応じた。
「何か用？」
龍弥は吐き捨てるように冷めた口調だ。
「龍弥っ？！今っ……、斗貴央が喧嘩、始めてっ……相手が四人もいて、でも斗貴央一人でっ、今、その、青葉公園なんだけどっ」
余程慌てているのか紗葉良の息は上がり、焦りばがりが先走りし、説明が酷く不十分だ。
「――へえ、まあ頑張って」
「待、待って！あの、警察に言おうか悩んだんだけど、先に殴っちゃったの斗貴央なんだ、けどそれは俺のこと巻き込みたくなくてしたことでっ」
「どうでもいい、お前らのことなんて」
冷たく跳ね除けるように龍弥は話を終わらせた。その低温な声色に紗葉良は言葉を無くす。
「……ごめんなさい――、なんか、他に頼る人いなくて――、ごめ、ん……」
自分は今更何をやっているのだろうかと紗葉良は酷く自己嫌悪した。
「つーかまえた！」
背後から男の声がして強い力で肩を抱き寄せられる。突然のことに驚き、短い悲鳴が出た。
「ああ？！誰に電話してたんだよ、てめえッ！」
男の声色が怒りで低い唸り声に変わったかと思うと、通話はそこで途絶えた。
紗葉良は少し歩かされ、人のいない公園裏手の草むらに乱暴に突き飛ばされる。勢いよくうつ伏せに倒れこむが、両手で半身をすぐに起こし、男たちを見た。
二人の男が下品な笑みを浮かながら紗葉良を見下ろしている。
「あんな馬鹿男よりさあ、俺らと遊ぼうよ、ね？」
片方の男が紗葉良の目の前にしゃがんで目線を合わせる。自分は男だと口を開こうとしたが、相手の男に手で口を塞がれ声を失う。身の危険を感じ必死に足をバタつかせ、抵抗し、なんとか男の体に当てることが出来た。
よろよろと男は後ろに手をついた。思いの外紗葉良のその強い力に腹を立てたのか、鬼の形相で拳を作ると紗葉良に向け、振るいあげた。
紗葉良は襲うであろう痛みを覚悟し、自分の顔を両腕で覆い、歯をくいしばる。
だが、鈍い音がしたのは紗葉良の身体からでなく相手の男からだった。誰かが男を背後から蹴り飛ばしたらしく、男は勢い良く頭から紗葉良の隣にうつ伏せのまま突っ込むように倒れ込んだ。
急に倒れた男の姿に驚きながらも紗葉良はすぐに正面に視線を移す。
「龍弥……」
目の前に立つ、助けに入った男の名前を紗葉良は呼ぶ。
もう片方の男がそれを見て憤り、龍弥に前から飛びかかる。自分よりも大柄な男に乱暴に後ろに倒されるも男の顔に向かって砂を投げつけ龍弥はその拘束からうまく逃れた。
そして、紗葉良の手を取り「馬鹿！逃げろ！」と叫ぶ。
あまりの突然の出来事に紗葉良はすぐに反応することが出来なくらしく、呆然としたまま龍弥の顔を見ていた。
「早くしろ！足ぐらい付いてんだろが！喧嘩なんてな！脳味噌のないやつがやる事なんだよ！！」
――龍弥が……、目の前にいる――どうして？
「痛っ！！」
紗葉良は突然の痛みに声をあげた。倒れていた男に背後から長い髪を引っ張られた。龍弥の掴んだ手がそのせいで紗葉良から外れる。
次の瞬間龍弥は相手の男の懐に飛び込んで押し倒す。はずみで投げ出された紗葉良が顔を上げると龍弥が殴られる瞬間だった。
目に砂をかけられ動けずに呻いている男を介抱しながらその男が捨て台詞を吐いた。
「覚えてろよ！クソが！！」
大柄な男二人が決まり悪そうに、早々と逃げて行く。
「龍弥！」
紗葉良は慌てて龍弥に駆け寄る。龍弥は頰を赤く腫らし、口から出血していた。なのになぜか笑っている。
「現実にあんのな、あんな捨て台詞、初めて聞いたわ、ウケる、はは……」
「龍弥、龍弥！」
紗葉良は真っ青な顔をして龍弥を抱き上げ、パニックで今にも泣きそうだった。
「うるせぇな、痛ェんだからあんま揺らすな。あと、もう少し静かにしろ」
ようやく龍弥は目線を紗葉良と合わせた。たった一日会っていなかっただけなのに酷く懐かしい眼差しに紗葉良は感じた。
「龍弥……、ごめん、ごめんなさい……」
思うよりも先に涙が溢れた。紗葉良は助けてくれた男の体を愛おしそうに抱き締めた。
龍弥は抵抗するわけでもなく紗葉良の細い肩に頭を乗せて眼を閉じた。
パン！と乾いた音が龍弥の自宅玄関に響いた。
「最低！龍弥のこと巻き込むなんて！紗葉良ちゃんもっと龍弥のこと大事にする人と思ってたのに！ガッカリ！！」
「ごめんなさい……」
思い切りよく夏奈に打たれた頬はヒリヒリと熱い。
「もう龍弥に関わんなくていいから！」
力無くドアを閉め、ヨロヨロと、紗葉良は門を出た。
目の上を腫らし、そこら中に絆創膏を貼った痛々しい顔の斗貴央が所在無さげに立って待っている。
「ごめんな――紗葉良。全部俺が悪いんだ、本当に――」
「ううん――」
「いいんだって！責めろよ！本当のことなんだから！」
「違う。弱いのは自分の責任だから……、ずっと自分は龍弥に甘えてたんだってこれでようやく分かった……」
泣いてると思った紗葉良はただ辛そうにぼんやりと笑っていた。
どんなに冷たい言葉を発しても、龍弥はどこかでいつも助けてくれていた――。
「龍弥は……、側に来るなとも、一度もいなくなれとも俺には言わなかった――」
紗葉良は肩を震わせると、我慢していたものを全て吐き出すかのように嗚咽を堪えて泣き出した。
その姿に斗貴央は猛烈な苛立ちを覚えた。そして、紗葉良の細い手首を乱暴に引いた。
「やめろよ、あいつのこと思って泣くの、やめろよ！」
紗葉良の細い肩を大きな手で掻き抱き、引き寄せると龍弥への思いを紡ぐその唇を自身の唇で塞いだ。
一瞬、紗葉良は何が起こったのか理解出来ず眼を見開いたまま動けずにいたが、すぐに斗貴央の胸を押して抵抗する。だが、その力強い腕は紗葉良の力程度ではビクともしなかった。
「離しっ……」
「俺、紗葉良が好きだっ」
「………っ」
唇が離され、少し力を緩められた瞬間に紗葉良は両手で力一杯斗貴央を押し退ける。ぐらりと斗貴央は後ろに一歩下がり、ようやく身体は離れた。
紗葉良は信じられないような表情でこちらを見る。斗貴央がもう一度手を伸ばした瞬間、怯えたように紗葉良は一歩下がると、そのまま背を向けて逃げるように走り出した。
斗貴央は名前を呼ぼうと息を吸うが、結局出来ずに終わった。
そして、自分の頭を抱え、深くため息をつく――。
「嘘だろ――、俺……、でも、やっぱ……好きだ――」
抑えきれないくらい、大きくなり過ぎた感情に押し潰されそうで斗貴央は息苦しくなり、その場にグッタリとしゃがみ込んでしまった。
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