8 / 18

衝動

 お互い顔を合わせるや否や同時に声をあげた。 「髪!!」「怪我増えてる!!」  電話を切った瞬間から斗貴央(ときお )は初めて自分の家に紗葉良(さはら)がやって来るという事実にずっと緊張していたが、一度先に大声を出して驚いたことにより少し気が紛れたようだった。そして、気を取り直し自室へ促す。  部屋は普段から母親が勝手に片付けるので散らかっていなかった。いつもなら「勝手に入るな」と怒るところだが、今日に限っては「掃除しておいてくれてありがとう」と、現金な斗貴央は心の中でだけ母への感謝を述べた。 「――な、なんか飲む?」  リラックスした最高の笑顔を作って斗貴央は聞いたつもりだったが、どうも結果はひどい出来だ。 「すぐに帰るから大丈夫。ねえ、座って?」  その「大丈夫」という名の「ノー」を示され、斗貴央は内心至極ガッカリしながらも、力の抜けた身体でベッドに腰を下ろした。  再び紗葉良に視線を戻すと、足元に紗葉良が着ていたニットが投げられるように落ちた。 「――はッ?!」  二秒、間が開いて斗貴央はそれをようやく認識したらしく、慌てて声をあげるが紗葉良は躊躇うことなく着ている服を次々と脱いでいく。 「ちょっと、ちょっと待って!」  予告ない紗葉良の突然の行動に動揺し、理解できない斗貴央はとりあえず反射的に立ち上がろうとするが「動くな」と強く命令され大きな身体を小さく丸め、大人しくまた座った。  胸の中で雷がものすごい速さで走り回るかのように暴れている。もうあと少しで耐えきれなくなった雷が稲妻となって心臓から割れ落ちるのではないかと斗貴央は掌に冷たい汗を掻くのを感じた。  視界の隅で、最後の一枚だった下着が紗葉良の白く細い足をするりと抜けて落ちるのが見えてしまい、斗貴央は膝に置いた手を制服のズボンごと巻き込んで握った。 「――今日はね、絶交しに来たんじゃないんだ。一生のお別れを言いに来たんだ」 「なに、言って……」 「だって、見れないんでしょう?俺のこと」  紗葉良の言う通り、斗貴央は先ほどからずっと、床に敷かれた絨毯に視線を下げたままだった。思わず肩がビクリと反応して揺れる。 「いいよ、それで――。これが現実。俺、男だもん――。わかってる。ね!目覚めたでしょ?はい、これで終わり。さようなら」  紗葉良はあっさりと今生の別れを告げ、気が済んだらしく足元に脱いだ下着を拾おうと手を伸ばす。  だが、突然、斗貴央の大きな手がそれを阻み、肩を掴まれ引き寄せられる。  何も想定していなかったせいで簡単に紗葉良の身体は、その腕の中へとあっという間に持っていかれた。紗葉良の骨張った背中が柔らかいベッドに沈む。  目をぎゅっと瞑った斗貴央がすぐ目の前に現れたかと思うと同時に、喋ろうとした唇はもう塞がれていた。カチリと軽くお互いの歯が当たる。  大きな肩を押し退けようにも普段暇さえあればケンカばかりしているような男に力で勝てる筈もなかった。 「何してんの!俺はっ――」 「女じゃねえって!わかってるよ!!」  斗貴央の嘆くように出た大声に紗葉良は驚き、抵抗していた手を思わず止めた。 「女じゃねえから何だってんだ!俺はお前が好きなんだよ!欲しいんだよ!お前があんな男のことずっと考えてるのかと思うと頭にきて仕方ねえっ!お前が……っ女だったら……」 ――ああ、自分はまた同じ呪いを斗貴央にも聞かされるのかと、紗葉良は観念したように全身の力を完全に失い、ゆっくり目を閉じた。 「お前が女だったら……ここまで頭にきてねえよ……」  そう言って強く、だけど優しく、大事なものを扱うよう切なげに抱きしめられた。  紗葉良は傷付かないように準備していた自分の心を突然揺り起こされたかのように反応し、目を大きく見張った。 「その方が楽だったかもしれねぇ……、女の考えることはやっぱわかんねぇなって、諦められた……。けど、違ったから、同じ男だったからわかる……。好きな奴がいたらどうしたいのかも――」  紗葉良は固まっていた口をゆっくり動かし、恐る恐る声を出す。 「――どう、したい……って?」 「あいつと――した?」  そうストレートに聞かれ、紗葉良は思わずギョッとするが「なっ、なにを?」と念のため確認を取る。 「――えっち、とか……」  やはり紗葉良の勘違いではないようだった――。 「する訳ないだろっ!龍弥(りゅうや)はキスだってするもんか!……する、のは、フェラ、だけ……」  あまりにも赤裸々な告白に次第と紗葉良の言葉尻も弱くなってゆく。 「フェラ?!紗葉良が?!すんの?!えええっ!!」  恋愛経験のない斗貴央は、自分には想像も及ばない大胆な単語に思わず興奮してしまい、男子中学生のような声をあげてしまった。  無駄に大きな声で確かめられて、紗葉良の首も顔も一気に赤く染まる。 「そうだよ、馬鹿!嫌いになったろ!こんな口に2回もキスして損したろっ!」 「――紗葉良って自虐キャラ?」 「俺、帰るから服!もう退いて!!」  斗貴央の腕の中で紗葉良は全裸のままヒステリックにバタバタと暴れた。振り回す手が斗貴央の傷だらけの顔に時折当たっているが、興奮していて気付いていないようだ。 「いたっ、いやだ!帰んなよ!」  どこか大人しくなるスイッチはないかと焦った斗貴央は紗葉良の身体をまさぐる。 「やっ、ちょっ、どこ触ってんの馬鹿!チンコ握んなっ!」 「――紗葉良は握っていいよ」  紗葉良が聞いたこともない少し熱に浮かされたような甘い男の声を斗貴央は発した。 「馬鹿っ、斗貴央!目を覚ましてよ!ねえ!!」  斗貴央は何に興奮したのかわからないが、いきなり雄モードに切り替わってしまったようで、やたらと荒い鼻息が紗葉良の首筋に掛かった。  本能的に脅威を感じた紗葉良は必死にそこから逃れようと抵抗するが、とにかく斗貴央は馬鹿力で勝ち目がない。  大きな手は好き勝手に紗葉良の肌の上をあちらこちらと撫で回し、何度か胸の敏感な場所を掠められ、思わず声が出そうになるのを堪えた。 「紗葉良の太もも、柔らかいね、肌もすげぇ気持ちぃ……、色も白くてヤバイ……、美味そう……」  斗貴央のあまりの豹変ぶりに紗葉良は最早恐怖すら覚える。 「馬鹿馬鹿っ、何を言って、斗貴央の変態っ」  斗貴央は紗葉良の細い首筋に鼻を寄せ、大きく息をつき、たまらなさそうに匂いを嗅いでいる。嫌悪感とはまた違う危険な感情が紗葉良の背中を走った。 「紗葉良ぁ……」 「な、なに?」 「俺――勃った……」  紗葉良は「なにが?」とは聞かなかった。それ以前に耳が拒否して斗貴央が今、何を告げてきたのか、何を言ったのか、すぐには恐ろし過ぎて理解できず、10回ほどその言葉を頭の中でじっくり反芻してみた。  頭に血が上り、顔を真っ赤に染めた斗貴央が縋るようにこちらを見つめていて、とうとう二人の視線が重なる。 「だめ!」と声をあげる前に唇はすでにキスで塞がれていて、紗葉良の訴えは告げる前に早くも却下されてしまう。  斗貴央はやり方もわからないままに紗葉良の下唇を夢中で吸って中へと舌を伸ばし、くるりと舐め回した。上顎を掠めると紗葉良がぴくりと反応したのがわかった。開き直ったのか、感化されたのか、急にやり返してきた紗葉良の舌が自分の舌にねっとりと当たる。  その刺激があまりにも初心者な斗貴央には強過ぎたようで、直接股間のモノに伝わってしまう。  飲んだこともないのに、酒で酔うのはこんな感じなんだろうかと、斗貴央は失いかけている理性の中で思考していた。
いいね
笑った
萌えた
切ない
エロい
尊い

ともだちとシェアしよう!