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第四話
「おう、来たか」
猛が到着したのを見るや、英二は大きな口を吊り上げてニッと笑う。健康的な白い歯が見えた。
「よろしくお願いします」
「まあまあ、そんなに緊張するな。こっちが緊張してるとMも緊張しちまうからな、リラックスしろ、リラックス」
英二はそう言うと労わるように猛の肩を叩く——ガッシリとした分厚い手からほんのりと熱が伝わり、不思議と安心したような気分になる。『兄』というものがいるとしたら、英二のような人物なのかもしれないと猛は思った。
「んじゃ、まず着替えてもらおうか。お前の衣装はまだできてないから、とりあえず前回と一緒だ。準備ができたらプレイルームに行くぞ」
猛は別室で手早く着替えを済ませると、英二についてプレイルームへと向かう。いくつものプレイルームに繋がるスタッフ用の通路は手狭で、大柄な猛には少し窮屈に感じた。
「今日から道具の使い方を教えてやる。猛は力加減が上手いようだからあまり心配してないが、念の為、痛みに強いやつを教育奴隷に選んでおいた」
「教育奴隷?」
「SMで重要なのはコミュニケーションだ。道具の使い方を覚えるだけならマネキン相手でもいいが、Mが何を求めているのか、何を感じているのかを知るスキルは人間相手じゃないと身につかねぇ。だから、Sを育てるためにはMがどうしても必要でな、その役目を果たしてくれるのが教育奴隷だ」
「Sを教育するMということですか?」
「まぁ、シンプルに教育用の奴隷って意味でもあるが、そっちの意味でもあるな。まぁ何にせよ、Mなら誰でもいいってわけじゃないのは確かだな。まず、ベテランであることは必須条件だ。やる方もやられる方も初心者じゃ話にならんからな」
「確かに……」
「それに、初心者のSはMにとっちゃリスクが高い相手だからつい肩に力が入っちまうんだが、変に力が入ってるとプレイが滞りやすいし事故も起こりやすくなる。だから、初心者のSに対して身を任せられるMでないといけない。これがなかなかいないんだが、今回はすぐに見つかったよ。なんせ、本人が志願してくれたからな」
指導者となるSがそばにいるとはいえ、事故を完全に防げるわけではない。教育奴隷になるには相応の勇気が必要なはずだ。それを自ら志願するとは、一体どのような人物なのだろう。
「さて、いよいよご対面だ。育成中とはいえ、Mの前ではお前もご主人様だ。それなりの振る舞いを頼むぞ」
「はい」
猛は姿勢を正す。英二はそれを見て小さく頷くと、プレイルームのドアを開いた。
「お待ちしておりました、ご主人様。本日もどうか、この豚をご調教ください」
二人が入室するや否や、裸の男が土下座で挨拶をする——白髪の多い初老の男。どこかで見た事があるような気がする。
「いい挨拶だ。よし、顔を上げろ」
「ありがとうございます」
初老の男は顔を上げた。間違いない、猛の歯を治療した医師、佐竹だ。
「お久しゅうございます猛様。この度は猛様の教育奴隷を務めさせていただけるとのこと、誠に光栄でございます。誠心誠意お尽くしいたしますので、どうぞお役立てください」
佐竹はそういうと、猛に向かって深々と一礼する。佐竹とは少なからず面識があるが特別親しいというわけではない。教育奴隷を自ら志願した理由はなんなのだろう。
「なぜ……」
なぜ自分から志願したのですか——そういいかけて猛は口をつぐむ。今は医師と患者ではない、SとMだ。
「なぜ俺の奴隷になりたいと思った?」
低くよく響く声と威厳ある口調で問う猛。佐竹の目にわずかな恍惚の色が差した。
「恐れながらお答えします。猛様が初めてここにいらしたとき、手当のためにお体を隅々まで拝見いたしました。その時に見つけたのです。脇腹の古い傷痕を」
言われた猛は無意識のうちに左の脇腹に触れ、消えかけた傷痕を撫でる——そこにあると知らなければ気づかないほど薄くなったそれは、猛が子供の頃につけられたものだった。
「それがどのような経緯で付けられたものかはわかりません。ですが、その傷によって猛様が大変苦しまれたことは想像できます。そのようなご経験を積まれた方は素晴らしいSになると私は考えておりますので……」
「おいおい、ずいぶん立派なことを言うようになったなぁ?」
佐竹の言葉を英二が遮る。その手にはいつの間にかボールつきの口枷が握られていた。
「正直に言えよ、本当は傷だらけの猛を見て興奮したんだろ? それとも、歯を治療した時か? このサドマゾ豚が、俺を騙せるとでも思ったか?」
「滅相もございません、騙そうなど微塵もひぁぁっ!」
言い終える前に英二に髪を掴まれ、佐竹は情けない声を上げる。
「豚がベラベラ喋んじゃねぇよ」
英二はそういうと佐竹の口にボールをねじ込み、素早く口枷をはめた。佐竹は苦しげな表情を浮かべたが、その目には恍惚の色が宿っている。
「こいつはなぁ猛、人を痛めつけるのも自分が痛めつけられるのも大好きなド変態なんだよ。な、そうだろ? この変態豚野郎」
「はが、ふごっ、ほぐっ」
「やっと豚らしい鳴き声になったな。さぁて、とっととおっ始めるか」
せせら笑いながら英二はそういうと、佐竹の頭を乱暴な手つきで押し下げ、平手で強く尻を打った。
「さっさと四つん這いになれ、猛に向かって尻を突き出すんだよ」
「はひっ」
佐竹は四つん這いになると剥き出しの尻を猛に向かって差し出す。開かれたままの口から唾液があふれ、ボールに空いた穴から漏れて床に垂れ落ちた。
「さて、今日はスパンキングのやり方を教えよう。スパンキングは使う道具は簡単に分けると鞭とそれ以外って感じだが、どんな道具を使う場合でも基本は同じ。皮膚が薄いところや骨は避けろってことだ。理由は言わなくてもわかるだろ?」
皮膚が薄いところとは、つまり筋肉や脂肪で守られていない場所だ。痛みがダイレクトに伝わるだけではなく、力加減や使う道具によっては皮膚が裂けて深い傷を負う可能性がある。また、骨に当たれば骨折の可能性もあるだろう。つまり、脂肪と筋肉の塊である尻は、怪我のリスクが低くスパンキングに最適な場所といえる。
「そこに鞭がかけてある。まずは乗馬鞭を取ってくれ」
「はい」
壁にかけてある鞭の中から猛は乗馬鞭を取る。手になじむグリップ、わずかにしなるロッド、その先についたフラップまで全て黒く、わずかに濡れたような光沢をたたえていた。
「乗馬鞭はコントロールがしやすく初心者でも扱いやすい。痛みのわりに派手な音が鳴るし、家畜らしくて好きだってMは結構多い。叩いてみろ」
猛は手首のスナップだけで佐竹の尻を叩く。フラップが肉を打つ乾いた音が響いたが、皮膚の表面に傷や痕は残っていない。猛は腕を振って再び鞭を打つ——一度目よりも大きな音が響き、皮膚の表面にわずかな赤みが差した。
「あうう、あううぅ……」
佐竹はよだれを垂らしながら呻き、腰をくねらせて更なる責めを要求する。
「豚のくせにおねだりか。よし、お望み通り叩いてやれ。たっぷりとな」
猛は更に鞭を振るう。ロッドがしなり、風を切る音がしたかと思うと次いで乾いた破裂音が響く。二度三度鞭を振り下ろすたびに柔らかな尻肉がかすかに波打ち、佐竹は背中をのけぞらせた。
「おうー! んっおっんっんっ!」
鞭打つたびに尻が赤みを帯びていく。よだれを垂らして腰を振りながら喘ぐ佐竹は、さながら発情した獣のようだ。
尻だけではなく太腿の裏や内側も叩いていく。尻よりも痛みを感じやすい部位だが、尻では物足りない様子の佐竹にはちょうど良かったらしく、叩くたびにアナルをひくつかせながら悦びの声を上げている。
「足の裏を叩け」
猛は英二の指示を受け、佐竹の足の裏を打つ——瞬間、佐竹は一際高い咆哮を上げ、全身をわななかせた。足の裏というと感覚が鈍そうなイメージがあるが、実際は神経が多く集まり痛みを感じやすいといわれている。手心を加えているとはいえ相当の痛みがあるのだろう、佐竹は床に爪を立てながら低く唸っていた。
「よし、次はバラ鞭を味わわせてやる。猛、その赤いやつだ」
足裏を数度打ったところで英二が言う。猛は赤いバラ鞭を手に取る——太めの柄に細い穂がいくつもついた稲穂のような形の鞭だ。
「バラ鞭は穂が多い分衝撃が分散されるから痛みは少ない……というのが一般的なイメージだが、素材や形状、使い方次第で痛みはかなり変わってくる。今持ってる鞭は穂がレザーの編み込みタイプだから、バラ鞭といっても痛みは強い部類だ。痛みが苦手なMには使えないが、こいつは痛いのが大好きだからな」
英二はそういうと四つ這いになった佐竹の脇腹を足で小突き、仰向けに寝かせて「服従のポーズ」を取らせる。白髪交じりの下生えがあらわになったが、形の良いペニスは勃起することなくだらりと横たわっていた。
「こいつは不能でな、あれだけ喘いでもピクリともしねぇんだ。そのくせ性欲だけは人一倍だから歪みに歪んでサドマゾになったってわけだ。まぁ、元から変態の素養はあったみたいだがな」
発散できない性欲がきっかけで変態的な嗜好に走るという話は時々耳にするが、佐竹はその一例というわけだ。虐待が原因でMに目覚めた恭弥とは全く違う。一口に「M」といっても、そうなった経緯や心理的な背景は様々なのだ。
「もっと脚を開け。変態チンポにお仕置きをしてやる」
佐竹は言われるがままに脚を広げ、ペニスとアナルをむき出しにした姿勢を取る。英二は引き出しから巨大なロウソクを取り出して手の中で弄びながらニヤリと笑った。
「今日は二人だからな、こいつも使ってたっぷり可愛がってやるよ。猛、始めよう」
猛は鞭を振り下ろす。束となった穂は佐竹のペニスや内太腿をしたたかに打ち、大きな音を立てた。さらに二度三度と振り下ろすと、穂の先で打った時のほうが佐竹の反応が大きいことに気づく。鞭の中央よりも穂先で打たれるほうが快感が強いらしい。
「なかなかいい色に染まってきたじゃねぇか。ほら、もっと染めてやるよ」
火をつけたロウソクを傾け、熱いロウを佐竹の胸に垂らす。真っ赤なロウがしたたり落ちるたび、佐竹の体がビクリと跳ねた。猛はその間も鞭を振るい佐竹の体にいくつもの赤い筋を刻んでいく。バラ鞭は乗馬鞭に比べるとしなりがある分コントロールが難しく、重量もあるため腕の負担も大きい。いつしか猛の額にはじっとりとした汗が浮かびあがっていた。
「猛、膝を押さえつけろ。暴れられないようにな」
佐竹の胸の上に腰を下ろしながら英二が言う。猛は佐竹の膝をつかんで大股開きの姿勢になるよう押さえつけた。
「あうっ! んおぅ!」
佐竹は嫌々をするように首を振りながら何かを喚いたが、英二は意に介した様子もなくロウソクを傾ける——熱いロウが内太腿や門渡りに滴り落ちた。
「ふぐっ! んごぁ! うごぉぉ!」
痙攣するように体をビクつかせる佐竹。英二は玉やペニスにもロウを垂らしてゆく。みるみるうちに佐竹の股間は赤いロウにまみれていった。
「おぐっ……ふぐっ……うっぐ……」
「そうかそうか、泣くほどよかったのか。この変態野郎」
涎と涙にまみれた顔で小さく嗚咽を上げる佐竹を見て英二は満足げに微笑むと、ロウソクを脇に置いて佐竹の脚を掴む。いわゆる「まんぐりがえし」という姿勢だ。
「ロウを払ってやれ」
猛は再び鞭を手に取り、ロウまみれになった佐竹の恥部に振り下ろす。したたかに肌を打つ音が響き、その衝撃で赤いロウがはじけ飛んだ。誤って英二を打ってしまわないよう慎重かつ確実に鞭を振るう必要があったが、繰り返し鞭を振るううちに扱い方のコツがわかってきたような気がする。全てのロウを取り払う頃には、狙ったところを正確に打つことができるようになっていた。
「さすがだな。さて、次は一本鞭を……と、言いたいところだが、今日はこのくらいにしておくか」
英二は立ち上がり、足元でぐったりとしている佐竹を見る。その体は鞭とロウソクによる責めで赤く染まり、おびただしい唾液と涙が白い髪をぐっしょりと濡らしていた。
「よく頑張ったな。お前は最高の奴隷だ」
優しく言葉をかけながら佐竹を抱き起こし口枷を外す。強制的に開けさせられていた時間が長かったためか、佐竹の口は呆けたようにぽかんと開いたままになっていた。
「ご褒美をやろう。猛、その中から一番太いやつを取ってくれ」
英二は数本のディルドが飾られたガラスケースを指さす。色も形もペニスそっくりなもの、蛇の鱗のような凹凸があるもの、大きく湾曲したものなどがあったが、その中からもっとも太い一本を取り出した。黒いシリコンでできたそれは、形こそオーソドックスなものであったが、女性の腕ほどの太さがある。
「四つん這いになって尻を差し出せ。ご挨拶を忘れるな」
佐竹はふらふらとしながら四つん這いになり、猛に向かって尻を突き出したかと思うと自らの手で尻肉を開きアナルをむき出しにした。
「ご主人様、どうか私の穴を犯してください」
これほど太い物を挿入しても良いのかとわずかに躊躇する猛。しかし、少し盛り上がったアナルはそれが十分使い込まれていることを雄弁に物語っており、恐れるような様子もないことから問題なく受け入れられるのだろうと判断した。棚からローションを取り出し、ディルドをたっぷり濡らす——性器を模した黒い張形は、ぬらりとした淫靡な光沢を放った。
「これが欲しいのか?」
猛はディルドの先端を佐竹のアナルにあて、ほんの少しだけ押し込む。冷たいローションとディルドの感触に佐竹は小さな矯正をあげた。
「お願いします、私の穴を、犯してください」
自ら腰を動かしたい衝動を抑えながら佐竹は再度言葉を繰り返す。その呼吸は期待と興奮で荒々しく、まるで全力疾走したばかりのようだった。
「いいだろう、しっかり受け入れろ」
先端をゆっくりと押し込む。肉を分け入る感触はあるが抵抗は思っていたよりもずっと少ない。数センチ入れたところでゆっくりと引き抜き、もう一度挿入する。一度目よりもゆっくり、さらに深く。
「おおおおっ……」
ディルドの先端、もっとも張り出した部分がずっぽりと入った。引き抜こうとするとアナルの入り口がディルドの凹凸に合わせてひくひくと動き、まるでそれ自身が何かの生物のように見える。スローなピストン運動を繰り返しながら徐々に奥へと進んでいくと、佐竹の声はか細く高い嬌声から太い獣のような声へと変化する。ストロークが大きくなる毎にその声は大きく長く変わり、まるで発情期の犬の遠吠えのようだ。
猛はピストンの速度を徐々に早めていく。入り口から少し奥にある微かな引っ掛かりを重点的に責めると声は一層大きくなり、ぶらりと垂れ下がった玉の裏側が細かく痙攣を起こした。
「派手に声をあげやがって」
英二は口の端をゆがめて笑うと、レザーパンツをおろしてペニスを露出する。硬くそそり立ったそれは大きさこそ並ではあるが、全体的に太くカリが大きく張り出しており、濃い下生えと相まって凶暴な獣のように見えた。
「オラッ! 咥えろ!」
英二は佐竹の頭を乱暴につかみ、口の中にペニスを根元までねじ込むと、容赦なく喉奥を突き始める。腰を振るたびに唾液と空気が混じる音が響き、その合間からわずかに嗚咽するような声が聞こえた。
英二の動きに合わせるように猛もディルドを激しく動かす。前後の穴を同時に犯され、快楽の奔流に飲み込まれた佐竹のペニスからは透明な粘液がわずかに滴り、足元に小さな水たまりを作っていた。
「いいぞっ……! 喉の奥に出してやる……! こぼすなよ……!」
英二はそういうと腰を打ち付けるように喉奥を突く。
「んぼっ! んんんっ! んごぉぉっ!」
くぐもった雄叫びをあげながら体を大きく痙攣させ、腰をガクガクと震わせる佐竹。アナルがきつく締まり、玉の裏側が不規則に収縮したかと思うと、大量の粘液がペニスの先からダラリと放出された。
英二がペニスを引き抜くと佐竹は力尽きたように体勢を崩し、ディルドが自然に抜ける。ディルドを抜き取ったあともアナルは小さく口を開け、その入り口はヒクヒクと不規則な脈動を続けていた。
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