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第4話

「それじゃ、先に上がらせてもらうね」 「はーい!お疲れ様でした〜!」 定時になると、帰り支度をする人がチラホラ。 俺も業務を切り上げて退勤した。 会社から駅までは徒歩5分。 そこから地下鉄に乗って20分程で、目的の駅に到着する。 Cooking POPは駅に隣接したショッピングモールにあり、アクセスは抜群だ。 少し早めに着いてしまったが、授業開始時間まではキッチンへ入れない為、入り口近くの休憩スペースで待つことにした。 「あ!遥希くんこんにちは」 「今日もかわいいわね🎵」 「こんにちは、皆さん今日もお元気ですね」 既に到着していたマダム達へ挨拶し、軽く雑談していると 奥の部屋からアカリ先生が現れた。 「あら、皆さんもうほとんどお揃いなんですね、こんにちは」 「「「こんにちは〜」」」 「実は今日、新しい生徒さんが入会されたんです。今はあちらの部屋で書類を書いてもらっていて」 「へぇ、そうなんですね」 「どんな方かしら、楽しみだわ」 Cooking POPは定期的に入会キャンペーンをしていて 今は確か4月限定の特典が付いていたはずだ。 既に入会済みなので細かい内容は把握していないが 各曜日で少しずつ生徒数が増えたと噂に聞いていた。 きっとその効果が出たのだろうと推測する。 「ふふふ、皆さんとても喜ばれると思いますよ」 アカリ先生は意味深に微笑むと、ちらりと奥の部屋に視線を送った。 その仕草に、俺もマダムたちと同じく「どういうこと?」と首をかしげる。 「時間になったらお連れしますので、皆さんは先にキッチンに入って準備されててください」 先生に案内され、一同がキッチンへ移動する。 いつも通りグループ分けを済ませて待っていると、ついにアカリ先生が新しい生徒を連れてきた。 ーーーその瞬間、空気が変わった。 「わぁ…」 「あらまぁ…」 いつも元気なマダムたちが、声を失うほど驚いている。 視線の先には、アカリ先生の後ろから現れた一人の男性――。 背が高く、スラリとした体型。 お仕事帰りなのか、ワイシャツにスラックスというシンプルな服装だが、かえってスタイルの良さを際立たせている。 涼しげな目元は鋭く、どこか冷たい印象を覚えるものの ダークブラウンの髪はふわりとしたパーマがかかっていて、柔らかさをプラスしている。 そのお陰か威圧感が中和され、彼の印象を少しだけ和らげているようだ。 「ご紹介します、本日からご入会されました及川さんです」 「初めまして、及川亮磨(おいかわりょうま)と申します。料理初心者なので色々とご迷惑をおかけするかと思いますが、よろしくお願いします」 低くよく通る声で、簡潔に挨拶を済ませる。 微笑みを浮かべているが、必要最低限の社交性を保ったような印象だ。 「きゃーーー!なんてハンサムなの!」 「ドキドキして真っ直ぐ見れないわ〜❤️」 「私も緊張しちゃう〜」 マダムたちは歓声を上げるものの、意外にも遠巻きに見つめるだけ。 「もう皆して照れちゃって。及川さん、最初はちょっと戸惑うかもしれませんが、良い方達ばかりですのでご安心を」 アカリ先生が苦笑しながらフォローを入れる。 「遥希くん、仲間が増えて良かったわね」 「あっ!はい、そうですね。初めまして伊藤と申します」 ぼんやり見とれていたせいで、いきなり名前を呼ばれて慌ててしまう。 恥ずかしさをごまかしつつ挨拶すると、及川さんが真っ直ぐ俺を見つめながら言った。 「男性の会員さんがいると聞いて、安心しました。これからよろしくお願いします」 静かな目に吸い込まれそうになる。 同性のはずなのに、端正なルックスと堂々とした雰囲気に思わず引き込まれる。 「遥希くんはとても飲み込みが早くて、手先も器用なんですよ」 「へぇ、ご一緒するのが楽しみです。ぜひ色々教えていただきたいですね」 「いえいえ!俺なんか全然っ…。ハードル上げるのやめてくださいよ〜」 アカリ先生に揶揄われて、ますます焦ってしまう。 料理好きではあるが、決して腕に自信があるわけではないから。 「もう皆さんグループ分けはお済みのようですね?」 「「「はーい」」」 「うーん、、そしたら及川さんは遥希くんのグループに入ってみましょうか」 「えぇ!!」 「良いんですか。それでは遥希さん、よろしくお願いします」 ハードルが上げられたまま、及川さんは俺のグループに入ることになった。 いつにも増して緊張してしまうじゃないか。 「男の子同士一緒のグループがいいわよね」 「そうよね、おばさんに囲まれるの疲れちゃうでしょ」 「あまりにもハンサムだと緊張しちゃうから、遠巻きに見ているだけでお腹いっぱいだわ🎵」 てっきり及川さんを巡って揉めるのかと思っていたが 意外とすんなり決まってしまった。 …ていうか皆、俺には緊張しないのかよ。 「よし!じゃあ早速レッスン開始しましょうか」 「「「よろしくお願いします」」」 こうして、俺の緊張が解れないまま 今日のレッスンが開始された。

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