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第8話
スーパーでビールを買い、帰宅。
今日は餃子のお土産があることを見越して、
釜飯ではなく白ごはんを炊いておいた。
風呂上がり、炊飯器を開けると、ふわっと湯気が立ちのぼる。
つややかに炊き上がったご飯が顔を出し、思わず口元がゆるむ。
「ん、いい匂い。完璧じゃん」
何でも美味しく食べるタイプではあるけれど、米だけはちょっとこだわっている。
ふるさと納税で取り寄せたお気に入りだ。
食卓には、冷えたビール、炊き立てご飯、温め直した手作り餃子。
なんて贅沢な一人飯。
「いただきま〜す!」
出来たてに比べると、餃子のパリッと感はやや落ちている。
けれど、もちもちの皮と、噛むたび溢れる肉汁は健在。
ビールを流し込めば、うまさが跳ね返ってくる。
「うんま〜」
思わずひとりごとがこぼれる。
テレビをぼんやり眺めながら箸を進めていると、ひだが不揃いな餃子がひとつ、視界に入った。
ーーあ、これ。及川さんが作った最初の餃子だ。
見よう見まねで苦戦していた様子を思い出し、自然と口元がゆるむ。
遥希と一緒に練習していくうちに、みるみる上達していった為
見た目の悪い餃子は最初の数個だけだったのだが。
いくつか持ち帰ったうち、この不格好なひとつはまるで激レアアイテムみたいで、妙に嬉しい。
クールなのかと思いきや、不器用で、でも真剣に取り組んでいて。
なんだかんだ、かわいかったな。
いつも遥希を揶揄うマダム達も
及川さんの前では乙女モードになってしまい、遠巻きに見つめるだけだった。
俺の時とこんなに扱い違うのかよ、と毒気づきたくなる気持ちもあるが
正直、分からなくもないのが悔しい。
嫌味がなくて、放っておけない感じ。
同期の和田を含め、周りにモテるタイプの男友達は多いが
あんなふうに好かれるのは初めて見たかもしれない。
「イケメン」というより、「ハンサム」という表現の方がしっくりくるな。
もぐもぐと餃子を噛み締めながら、思考がどんどん逸れていく。
ーーなんでいきなり、料理を習おうと思ったんだろ。
誰かのため?奥さんか、彼女とか?
何となく、相手がいそうだしな。
きっと仕事も出来るタイプだろうに。家庭的な一面まで持ち合わせたら誰も勝てないって。
競おうなんて気はさらさらないが
男として勝る部分が何一つないようで、ちょっと落ち込む。
いや、勝ち負けとかじゃないし、そもそも比べる必要ないんだけど。
唯一、料理の腕前だけは、今は自分の方が上。
だけど、そのうち追い越される気がしてならない。
ただ、不思議と嫌な気持ちはしない。
『遥希さん、包み方を見せて欲しいです』
『説明が分かりやすいですね』
初めて会ったばかりだが、素直に頼ってくれて、まっすぐ話を聞いてくれて。
それにーー
『また来週、楽しみにしています』
帰り際に見せた、あの微笑み。
焼きたての餃子よりも、じんわり温かくて、ずっと頭から離れない。
心なしか気持ちがうわずっているのは
美味しい餃子のおかげが、それともーー
最後の一口をかみしめながら、そっとグラスを傾ける。
及川さんが来てくれて、よかったな。
また来週が、ちょっと楽しみだ。
そう思いながら、静かな晩酌を続けた。
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