13 / 14

第13話

及川と駅で別れた後、いつものように缶ビールを買い帰宅。 クンクンと指先を嗅ぐと、まだ生臭さが残っている。 「う〜わ、どうすんだよこれ」 いつもはシャワーで済ませることが多いが、今日は湯船を張ることにした。 たまには贅沢もいいだろう。 「あ、そういえば!」 会社の女性たちから、バレンタインに色々なプレゼントを貰ったが その中にバスソルトもあったことを思い出し、洗面台の引き出しから取り出す。 「使い道あってよかった」 封を切って湯に溶かすと、柑橘系の良い香りが浴室内を満たす。 思わずふんふんと鼻歌を歌いながら、バスタブに入る。 「ふーっ、、沁みるわ」 1日中薄着で過ごした為、感覚が麻痺していたが 意外にも身体が芯から冷えていたことに気が付く。 じんわりと温まる心地よさに身を任せ、目を閉じると 浮かんでくるのは何故か及川の顔。 エプロンを結ぶところから始まり、調理中、食後、そして帰り道も。 あまり表情には出さないものの、眼差しは優しく、さりげなくフォローまでしてくれて。 先輩風吹かせるどころか、守られてばかりだ。 むしろこれってーーー 「…保護者?」 思わず呟いた独り言に苦笑いし、ブンブンと頭を振って否定する。 「…あの人、何なんだろ」 出会ったばかりの人にここまで気遣われたことがなく、未だ戸惑ってしまうが。 ただのお人好しか、天性の無自覚モテ男なのかーーー。 きっと自分とは違う人種なのだ。 優しくしてもらって、決して嫌な気持ちではない。 何だか恥ずかしくなってしまうだけで。 「ま、いっか」 ぐるぐる考えていると長風呂でのぼせてしまいそうなので この辺りで一旦気持ちを切り替え、バスタブから出ることにした。 風呂から上がり、身体を拭いた後も柑橘系の香りがふわりと残る。 指先からはもう生臭さは感じない。 身体も温まったし、良い香りにもなれたし一石二鳥である。 「よし!リセット完了!」 髪を乾かし終えた頃にはすっかり腹も減っているので、そのままキッチンへ向かい 出勤前に予約しておいた炊飯器を確認する。 「さーてと、うまく炊けてるかな?」 今日のメニューは、鯖と大葉の釜飯。 朝のうちに焼いておいた鯖をほぐし、しょうがと白だしで下味をつけ、 炊きあがる頃を狙って仕込んでおいた。 ぱかっと蓋を開けると、蒸気とともに爽やかな香りが食欲を誘う。 ほかほかの釜飯を茶碗によそい、 お弁当用に作って余っていたかぼちゃサラダ、晩酌用の冷奴も食卓に並べる。 先ほど買ったビールもプシュッと開けて、 独身男にとっては贅沢なラインナップではないだろうか。 「いっただきま〜す!」 少ししょっぱくなるかなと思っていたが 鯖の旨みと大葉の香りがふわっと広がり、 ちょうどいい塩加減で、ビールとよく合う。 「美味すぎ!俺って天才かもな〜」 自画自賛しながら 思う存分晩酌を楽しむ遥希であった。 仕事後の料理教室と、自分で仕込んだ釜飯のおかげで 毎週火曜日はご機嫌で夜を過ごせるのである。

ともだちにシェアしよう!