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キスしてみろ
ランドルフ、イスタともう一人の魔術騎士が、ヒュドラに遭遇したのは、魔物の出現が無く安全と言われていた、病魔ウィルス立入制限区域レベル6の入口を2キロほど中に入った辺りだった。
ウィルス濃度が高いとされているさらに奥深い場所には入らず、境界線付近を軽く見回りをするため、ランドが側にいた魔術騎士に声をかけ、周回していたところだった。
そこに突然現れたヒュドラに驚き、1名の魔術騎士が自らの足を木の枝に引っ掛けてしまい、横転、怪我を負ってしまった。歩けなくなってしまった魔術騎士を討伐統合部隊の拠点に連れ帰るために、イスタが彼を背負って戻り、ランドルフは腹部に攻撃を受けてしまったものの、1人でヒュドラに打ち勝ったのだった。
ちなみに、怪我をした魔術騎士は自ら志願して討伐統合部隊を除隊し、実家のある王都エンペラルに戻ったとのことだった。
「最初に調査した時より、立入制限区域の境界線近くでもウィルス濃度が濃くなっているということか…今回、聖樹の樹を探す特別機動部隊の発動の際にもS級レベルの魔物の出現には当然備えるつもりだが…」
メイは2人からあらためて現場の様子を伝え聞くと、そう言って考え込んだ。
メイ・ホルンストロームは国王の絶対的腹心であると言われている現宰相の息子でありながら、政治の世界には入らず、周囲の反対を押し切り、魔物討伐部隊に入隊した。魔術騎士で尚且つ聖剣も扱える素養を備え、巧妙な戦術も練れる頭脳を併せ持つキレ者でもあった。
銀色に輝く髪と、ルビーのような瞳を持ち、眼光は鋭く周りを威嚇するオーラを放っていたが、端正な顔立ち、優美な佇まいで、黙っていれば相当な美麗人であった。
「なんとかヒュドラを仕留めたものの、腹に攻撃を受けた以上、正直もう駄目だと思った。でも、ノエルの特効薬と治癒魔術のおかげでこの通り、回復できた」
ランドルフの言葉を聞いて、メイはノエルに視線を向ける。
「そこの新人治療士がラボで精製した特効薬を、リッツからもらって王都の研究機関で検査してみた。報告では、品質は間違いなく1級品ではあるが、その他特別な点は見受けられなかったそうだ」
ノエルはそれを聞いて驚いた。リッツェンから特効薬精製の指示があった際、精製した特効薬をいくつか検査したいと言われてはいたが、まさか、王都の研究機関にまで持ち込まれ検査されているとは思わなかった。
「…もしかしたら、自分のよく知っている故郷で精製するものの方が、効果が高いのかもしれません。検査したことがないので、はっきりとは言えませんが…」
そうか…というようにランドルフは頷いた。
「ノエルは、星島の出身だったな。たしか、病魔ウィルス立入制限区域ではない場所に、僅かだが聖樹が生えていると聞いてる。水も綺麗だと聞くし、気候など良い条件が揃えば、現地で精製した特効薬の効果が上がってもおかしくはない」
「でも…ランドルフ隊長は、あの時、特効薬を受け取る魔力すらも無かったんですよね…?」
イスタが思わずといったように、気になったことを口にした。
「『魔力の交換』か…新人治療士が、ヒュドラの毒からも回復させる『魔力の交換』ができるとも思えねぇが…」
メイは、ノエルを見定めるかのように見つめた。
「ノエル・リンデジャックさんは、魔力が多いですから、ランドルフ隊長とも相性がよかったのかも…」
ぼそっとイスタが呟いた。魔力の多い者は、魔力を敏感に感じ取れる能力がある。例えば、魔術を使った痕跡を調べたら、誰の魔力が残っているか感じ取ることができたりするのだ。先ほどのランドルフがノエルの髪に残ったメイの魔術の痕を感じだったように、魔力の高い者ほど、より敏感に魔力の存在を感じることができる。
イスタは、実習生ながら部隊配属を命じられる程の逸材だ。ノエルの魔力量を感じ取っているのだろう。もちろん、メイもランドルフもそれは感じていた。
「リンデジャック元師団長の息子であるおまえが、人より多い魔力を持っていることは何も珍しくはねぇが…」
メイは何かを考えながら、ノエルからランドルフに視線を移した。
「よし、お前ら今ここでキスしてみろ」
「は…!?」
「何言ってんだ!?」
メイが投下した発言に、ノエルとランドルフは同時に驚きの声を出す。イスタも「えっ!?」とびっくりして声を漏らす。
「お前らの魔力の交換が上手くいくとわかれば、治癒魔術だけじゃなく、毒やウィルスのきかない免疫を作ることもできるし、聖剣を扱うための能力も向上する可能性もある。今回の機動部隊では、有事に対する備えを万全にしておきたい」
メイの言っていることは、魔物討伐部隊の隊長の考えとして至極全うだった。でも、こんな状況で「はい、わかりました」とランドルフとキスをするのは、この間がファーストキスであったノエルにとって、大分ハードルが高い。
「何もここで、最後までヤれって言ってるわけじゃねーだろ。できねぇなら、それまでだ。別の方法を考える」
メイは、呆れたように言い放つ。魔力の交換が魔物討伐現場で行われるのは別に珍しいことではない。一瞬でも気を抜けば、命が奪われる。そんな現場だ。
ノエルは、魔物討伐現場に派遣される治療士として、そんなこともできないのかと言われた気がした。
「メイ、ノエルは深窓の…しかもまだ配属されたばかりの新人だ。その…この間のがどうやら初めてのキスだったみたいだし、もう少し配慮を…」
ランドルフがノエルをフォローをしていると、ノエルは声をあげた。
「できます!もし、今回の特別機動部隊の戦略に役に立つことがわかれば、一緒に連れてってください」
ノエルの薄茶色に緑が差し込んだヘーゼルナッツの瞳が、メイのルビー色の目をとらえた。メイは、一瞬考えるように前髪を搔き上げる。
「…やってみろ。まずはそれからだ」
「わかりました。…ランドルフ隊長!」
ノエルに突然名前をよばれたランドルフは目を剥いた。
「ノエル、本気か…!?何もこんなところじゃなくたって、あとで2人きりの時でも…」
「いえ、できます。仕事ですから。」
ノエルはそう言いながらランドルフに近づく。
ランドルフだけじゃなく、なぜか側に立つイスタまで「ちょっと…ノエル・リンデジャックさんっ…」とあわてる。メイだけが、この状況を静観していた。
「…ランドルフ隊長、少し屈んで頂けますか?」
ノエルは、ランドルフの深紅のマントを両手で掴む。大分身長差があるので、上目遣いでランドルフを下から見上げる。
「うっ…ノエル…無理するなって…」
「いえ、無理してないです。ランドルフ隊長、早く屈んでください。届かないです」
早くっとせがむノエルにランドルフはたまらないっといったように観念すると、ノエルを持ち上げ、お尻の下の部分を支えるように抱える。
ランドルフがノエルを抱っこすることで、ノエルの頭が1つ分ランドルフより高くなった。
「わっ…」
突然抱えられて、目線が高くなったノエルは驚いて、ランドルフの肩にしがみつく。
「ノエルは…結構頑固だなぁ。これで屈まなくてもキスできる」
しょうがない奴と、ランドルフはエメラルド色の目を細めてノエルに微笑む。
「…いきますよ?」
ノエルは目を閉じて、自身の唇をランドルフの唇に重ねた。
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