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同期だから
ノエルは、急いで第2武器収容庫に向かった。
本当は誰かに報告してから向かう方がいいと思ったが、ノエルには気がかりなことがあった。
第2武器収容庫には、大型の魔獣を討伐するための火薬や、大砲などが主に収容されており、普段は滅多に使用されなかった。もちろん平常は厳重に管理されているのだが、手を回されているのか、ノエルが到着したときには、周辺には誰も配置されていなかった。
武器収容庫の出入り口の扉が開けられている。まるでこちらに来いと誘っているようだ。
ノエルがドアに近付くと、中から話し声が聞こえた。一人は、ノエルが予想していた声だった。ノエルは気づかれないように中を覗きこむ。
「もうダメだ、私は除隊を命じられる。全て終わりだ」
「先輩、それを渡してください。もう、やめましょう。私も素直に申し出ます」
「ちょっと、鼻っ柱を折ってやりたかった。だから討伐第2部隊の魔術士を利用して…あいつらは既に除隊を命じられた…私もすぐに同じ事になるだろう…」
第2武器収容庫には、新人治療士エミン・グスタフと、深緑色のマントを纏った先輩治療士が居た。
何度か顔を見たことがある先輩治療士の一人だった。正直、見たことがあるなという程度で、ノエルには直接話した記憶もなかった。
ただ、彼の顔を無数の黒い点が覆っている。ところどころ糸状になって、絡みついていた。
「努力して、治療士になって言われるまま働いても誰にも目にとめられない…魔術騎士にも、魔術士にも馬鹿にされて…リンデジャックのような家柄も能力も優れてるやつは別だ。奴は特別なんだ。そうやって、どんどん凄い奴が出てきて、私は…追い抜かされていく…」
先輩治療士は、ブツブツ呟きながら、ふらついているように見えた。遠くからみていてもまともな状態ではなかった。重度の病魔ストレスで精神に異常をきたしている。
エミンは先ほどから、先輩治療士が持っている小さな薬瓶に視線を向けている。
「馬鹿だ馬鹿だと、言われ続けたが、俺にだって薬は作れるんだ…これを、これを…この収容庫の床に叩きつけたら…中の薬品が飛び散って…ははは、全部吹き飛ぶのさ、嫌なことを全て灰にできる」
先輩魔術士は、自身のマントの内ポケットにも手を入れる。カチャカチャと瓶がぶつかる音がしたので、同じ薬品を数本所持していることがわかった。
「こんなところまで来て、何を見てるのさ?」
声をかけられノエルははっと、横をみる。急にドアの付近で声が聞こえたとわかって、収容庫の中に居た2人もこちらに顔を向けた。
ノエルの様子を不審に思い、後を追ってきた、コニー・ユーストマだった。中を見ようと、武器収容庫の中に数歩足を踏み入れたところだった。
「痛っ…」
コニーの登場に気を取られ、一瞬の隙をつかれたエミンは声をあげ、踞る。足首のあたりに細く長い針が刺さっている。
コニーは「えっ!?」と声を上げた。ノエルもエミンの様子に釘付けとなり、すぐに動けなかった。
「声を出すな…!!扉を閉めて2人ともこっちへこい…先輩の言うことは聞くものだ…ここに大量の火薬がある。優秀ななお前達なら、ここでこの瓶を割ったらどうなるかわかるはずだ」
ノエルは言われた通りに扉を閉める。エミンの様子から刺されたのはただの針ではなさそうだ。毒か、しびれ薬のようなものが塗られているのかもしれない。
ノエルは武器収容庫の中に入り扉を閉めた。すぐにガチャリと自動で施錠される。討伐部隊の収容庫や保管庫といった倉庫は全て自動でロックがかかる魔術が施されている。特殊な鍵じゃないと中からでも開けられない仕組みになっていた。
先輩治療士の尋常ではない姿と行動に、コニーは青ざめていた。ノエルはごくりと生唾を飲み込む。できるだけ冷静に声を出す事に努め、先輩に話しかけた。
「何が望みですか?」
先輩治療士は、片手に火薬の瓶を持ち、もう片方の手に細い針を持っていた。
「望み…俺はお前や、他に優秀で恵まれた奴らが憎い…もう疲れたんだ…馬鹿にされるのも、報われない仕事をするのも…ここで、全て終わりにしたい」
そう言って、先輩治療士は宙を仰ぐ。視線が定まらない。まともな思考は持ち合わせていない以上、刺激するのは危険だった。
「おっ、終わりって…勝手にしてよね。僕たちを巻き込まないで!」
コニーが恐ろしさのあまり、声を上げた。
すると突然先輩治療士は、目を剥いた。瞳孔が開いている。発狂するように叫んで、細い針をコニー向かって投げる。ノエルは咄嗟に腕を伸ばした。
「っ…」
ノエルの右腕に細い長い針が刺さる。
(中枢神経系を麻痺させる毒か…)
こんな状況でも、頭の一部分は冷静に針に仕込まれた毒の成分を分析する。どうやら痛みと共に身体の神経を麻痺させる毒ようだ。比較的穏やかに進むタイプの毒のようでそれだけは救いだった。
「リンデジャック…!!僕を庇って…」
コニーは自分の失言のせいで、ノエルが代わりに毒を受けたことにショックを受け口元を抑える。
するとその時だった。
一ゴーーーーン…!!!
大きな音が収容庫中に響き渡る。バタっと先輩治療士がうつぶせに倒れた。ピクピクと身体を痙攣させ、失神している。その手からは、薬品の入った瓶がコロコロと転がり落ちる。
先輩が倒れた後ろ側に、左足をかばいながら、長い鉄製の銃を掲げ持ち、エミンが立っていた。ハァハァと肩で息をしている。足も麻痺して動かせないはずで、銃も相当重いはずだった。
「ごめんっ…俺のせいなんだ…」
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