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聖女の息子
『ママはね、本当はこの世界の人間じゃないの。異世界から来たの。そこは魔術なんてものはなくて、ニホンという国で暮らしていたんだよ…』
(あれ…なんで…?そっか…これは夢か…)
ノエルはふわふわとした浮遊感を感じた。周りの景色も、所々モヤがかかって霞んだように見える。
ノエルは自身が夢を見ているのだと気付く。
ベッドに横になっていた黒髪の女性が、上体を起こす。ノエルを見て、手を伸ばし「また…加護をもらえたんだね」と優しい声をかけてくれる。そして、美しい黒目が細められ、微笑んでくれた…
***
ノエルの実の母、楠木カレンは、異世界から転移してきた聖女であった。
カレンがこの世界に転移してくる前に住んでいた『ニホン』という国のことを、ノエルは物覚えがつく頃から何度も繰り返し聞いていた。
『ダイガク』という場所で学んでいたこと、事故で死んだと思ったらこのパラビナ王国に転移して、聖女とよばれ異能を使えるようになって驚いたこと…
幼いノエルに覚えててもらおうとしたのかもしれない。カレンは何度もノエルに語り聞かせていた。
ノエルも、まるでおとぎ話を聞く時のような気持ちでカレンの話を聴くのが毎回楽しかった。
『ノエルの名前、ママが考えたんだよ。素敵でしょ?ノエルはママの宝物なんだから…忘れないでね』
そういって、カレンはノエルを抱きしめる。ノエルは母親のことが大好きだったし、一緒に住んでいるハンナ・リンデジャックとアーサー・リンデジャックも、カレンとノエルのことをそれは大事に扱ってくれていた。
カレンはノエルが、物覚えがつく頃からずっと臥せっていた。「ママは病気なんだ」そう言ってほんの少し家の中を歩くだけでもとても辛そうだった。ハンナが付きっきりでカレンの世話をしていた。
ハンナが少しでも気分が紛れるならと、アーサーに大きな窓がある部屋にカレンのベッドを置いてもらい、窓の先に広い庭を作ってほしいとお願いした。
アーサーは、二つ返事で応じると、カレンの部屋と、森とも呼べそうな自然豊かな大きな庭も用意した。
ノエルは、頻繁にカレンの部屋から庭に出入りし、草木を愛でたり、そこにいる生き物と遊んだりしていた。カレンはノエルが庭で遊ぶ様子を眺めるのが大好きだった。
いつものように、ノエルが庭に出て遊んでいると、カレンは部屋の中からノエルに声をかけた。
「ノエル!右の噴水のさらに奥に行ってごらん。そこの幼木に聖霊さんが来てくれてる」
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