37 / 63
無事を願うということ 1
ノエルはメイの執務に再び呼び出されていた。
今回は前回とは異なり、執務室にあった、ソファにかけるように命じられた。
メイは慣れた手つきで、紅茶を淹れると「飲め」とノエルに勧めた。メイは向かい側にある対のソファに腰掛けた。
「…ありがとうございます…」
ノエルは緊張しなかがらも、隊長自ら淹れた紅茶を戴くべく、手に持っていた衣装を横に置いた。
「何だ…ソレ?」
「あっ…!」
メイはノエルに断りもせず、座っていたノエルの向かい側から手を伸ばし、衣装を広げた。白いフリルのエプロンがついた水色のお仕着せだった。
「ん…?あー、壮行会の出し物か。新人の義務みたいなもんだからな。しっかり励めよ」
メイはすぐに状況を察し、何てことないと言うようにノエルに告げた。
そして衣装を広げたまま「丈が微妙」と謎の難癖をつけている。
「…僕は治療士です…だから、その…こんなこと…出来ない…」
ノエルは、あまりにメイが当然のことだという態度で居るので、思わず、非難めいた発言ともとれる言葉を口にしてしまう。
ノエルは「しまった」と思ったがもう遅かった。
メイのルビー色の瞳が、細められる。
メイは人を圧倒するオーラを出すため、ノエルはまるで自分より力の強い獣に睨まれたような心地がした。
「そうだな…お前は治療士だ。しかも、今回は特別機動部隊のメンバーに任命もされている…」
「そうです、そもそも、出し物…なんて、そんなことしている場合ではないかと…思います。S級の魔物にだって遭遇する危険が…そうなったら…」
「そうだ、最悪死ぬこともある」
メイはギロッとノエルを睨見つける。あまりにメイの真剣な様子に、ノエルはびくっと身体を震わせた。
「いいか、死ぬかもしれないんだぞ。隊員たちの多くは、親や妻子を残して派遣されてきている。いくら自分で志願した奴でほとんど構成されているとは言え、本当のところは誰だって命が惜しい」
ノエルはごくっと唾を飲み込んだ。
自分のことしか考えていない自身の姿を、メイに完全に見抜かれている。
学生あがりの、現場を経験したことない者の甘えた態度だと言われた気がした。
「壮行会は、現場に行く者も、残る者も、皆同じ気持ちで臨むんだという決起の意味もある。ただでさえ、娯楽の少ない討伐現場だ。死ぬかもしれない現場に行く前に、一時ハメを外して楽しむことは、そう悪いことじゃねーよ」
壮行会の真の意味を教えられて、ノエルは無理だ出来ないと、不満を口にしていた自分の態度を恥じた。
どこかに身を隠してしまいたい気持ちでいっぱいだった。
ともだちにシェアしよう!

