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無事を願うということ 1

ノエルはメイの執務に再び呼び出されていた。 今回は前回とは異なり、執務室にあった、ソファにかけるように命じられた。 メイは慣れた手つきで、紅茶を淹れると「飲め」とノエルに勧めた。メイは向かい側にある対のソファに腰掛けた。 「…ありがとうございます…」 ノエルは緊張しなかがらも、隊長自ら淹れた紅茶を戴くべく、手に持っていた衣装を横に置いた。 「何だ…ソレ?」 「あっ…!」 メイはノエルに断りもせず、座っていたノエルの向かい側から手を伸ばし、衣装を広げた。白いフリルのエプロンがついた水色のお仕着せだった。 「ん…?あー、壮行会の出し物か。新人の義務みたいなもんだからな。しっかり励めよ」 メイはすぐに状況を察し、何てことないと言うようにノエルに告げた。 そして衣装を広げたまま「丈が微妙」と謎の難癖をつけている。 「…僕は治療士です…だから、その…こんなこと…出来ない…」 ノエルは、あまりにメイが当然のことだという態度で居るので、思わず、非難めいた発言ともとれる言葉を口にしてしまう。 ノエルは「しまった」と思ったがもう遅かった。 メイのルビー色の瞳が、細められる。 メイは人を圧倒するオーラを出すため、ノエルはまるで自分より力の強い獣に睨まれたような心地がした。 「そうだな…お前は治療士だ。しかも、今回は特別機動部隊のメンバーに任命もされている…」 「そうです、そもそも、出し物…なんて、そんなことしている場合ではないかと…思います。S級の魔物にだって遭遇する危険が…そうなったら…」 「そうだ、最悪死ぬこともある」 メイはギロッとノエルを睨見つける。あまりにメイの真剣な様子に、ノエルはびくっと身体を震わせた。 「いいか、んだぞ。隊員たちの多くは、親や妻子を残して派遣されてきている。いくら自分で志願した奴でほとんど構成されているとは言え、本当のところは誰だって命が惜しい」 ノエルはごくっと唾を飲み込んだ。 自分のことしか考えていない自身の姿を、メイに完全に見抜かれている。 学生あがりの、現場を経験したことない者の甘えた態度だと言われた気がした。 「壮行会は、現場に行く者も、残る者も、皆同じ気持ちで臨むんだという決起の意味もある。ただでさえ、娯楽の少ない討伐現場だ。死ぬかもしれない現場に行く前に、一時ハメを外して楽しむことは、そう悪いことじゃねーよ」 壮行会の真の意味を教えられて、ノエルは無理だ出来ないと、不満を口にしていた自分の態度を恥じた。 どこかに身を隠してしまいたい気持ちでいっぱいだった。

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