44 / 63
教えてあげる 2
「はっ?えっ?ちょっと待って!!」
ニックは慌てて、ノエルに聞き返す。
「相場に……それに指導料みたいなものをプラスして、エンペラルの物価をかけ合わせると…このくらいかな…?」
ノエルは、机の上に広げた貨幣を積み重ねて、ニックに見せる。
「だーかーら、待ってって!!ノエルちゃん、セックス教えてもらいたいって、どういうこと?まずはそこから説明しまショウ?」
ニックは、顔に汗を浮かばせながら、ノエルの横に座り話を聞く。
「実習先で聞いたんだ。魔物討伐現場に配属されたら『魔力の交換』をすることがあるらしい。性行為で体液を交換するのと同時に魔力の交換を行う治療行為を指すらしくて…」
「『魔力の交換』…?セックスしながら治療ってナニソレ?」
「すぐに色々調べてみたんだけど、参考文献とかそういったものに記されている訳じゃなくて、実際に討伐現場に派遣された治療士の診療日誌に簡潔にそういう行為が行われているとだけ書いてあった。
僕はそもそもセックスについて何も知らないから、まずはそこを学ばないと。エンペラルの歓楽街みたいな場所で、そういった性行為をサービスで行うところがあるって、実習先の治療士の人達が話してた」
ニックは、治療士の実習でノエルがまさかそんな話を聞いてくるなど、予想もせず、驚くばかりだった。
タースルにある王立魔術師団学校では、貴族が少なかった為、ノエルは『深窓』と呼ばれ同級生にすら距離を置かれる存在だった。中には神聖化して、ノエルを崇拝しているグループもあったくらいだ。
そんなノエルに猥談を持ちかける者などもちろん居なかったが、ここは王都エンペラル。
ノエルは外見こそ人目を引くほど美麗だったが、貴族自体は特に珍しくはない。
相変わらず浮世離れした雰囲気を持っており、ニック以上に親しくする友人は居ないものの、実習先で治療士や実習生が話している輪の中に居れる程度には溶け込んでいるようだった。
「ニック…歓楽街には行ったことはある?専門家の男の人に教わりたい場合には、どの辺りの店を訪ねれば良いと思う?」
ニックは、ノエルにそう尋ねられ、エンペラルの下町にある、所謂夜の歓楽街をノエルが1人で歩いている姿を思い浮かべる。
世間知らずと顔に書かれた貴族のお坊ちゃんが、そんなところをフラフラと彷徨っていたら…あっという間に騙され、奪われ、その純真無垢な身体まで穢されてしまうだろう。
ニックはノエルの肩を両手で掴み、必死にノエルに訴えかける。
「ノエルちゃん…|歓楽街《そこ》は、キミが思っているような簡単なところじゃない。1人で絶対に行かないで。約束して」
「でも…半年後には討伐部隊に入隊している予定だし…早く学ばないと…」
夜の街に行って学びたい気持ちを諦めきれないノエルの態度に、ニックは思い止まらせるトドメの一言を放つ。
「――ハンナさんに言うよ?」
「うっ……それはっ…わかった。絶対に1人じゃ行かないから、母には黙ってて」
ハンナ・リンデジャックはノエルの養母で、表向きは実の母となっている。ノエルを心配に思うあまり、過保護なところがあり、王立魔術師団学校に入学するときも、最後まで反対していた。
「治療士の資格が欲しいから」となんとか入学を許可してもらえたが、ノエルは育ての両親に「魔物討伐部隊に入隊して精霊に会いに行く」などと、とてもじゃないが言い出せなかった。
もちろん、夜の街で買春したいなどと言ったら、星島タースルの奥地にある実家に監禁され、二度と外に出してもらえないかもしれない。特に、養母はそのくらい心配性で過保護であった。
「ノエルちゃん、やっぱり訂正。1人じゃなくても行かないで。――俺が教えてあげるから」
ともだちにシェアしよう!

