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Cp3.那智+四季×忍『風呂と食事と、快楽と①』

 どこの山で修行していた頃だったかは忘れたが、山麓の村で妖怪の被害が相次いだ時期があった。  人死にも神隠しもない。  只、生気を吸われて少々弱った状態で発見される。  保護された人間は、何も覚えていない。数日、眠れば元気も戻る。  被害と呼ぶのも大袈裟だったが、村人が怯えるので妖怪退治をする羽目になった。  退治というより対処だ。  近頃、使役した淫鬼がこっそり食事をしていただけだった。  そのままにはできないが、淫鬼に食事をするなとも言えない。  聞けば、一月に一回程度の食事ができれば、命に支障はないらしい。 「ならば、俺を喰らうか? 村の者を不安にするより幾分か良かろう」  そんな事情がきっかけだった。  その食事が千年以上経った今も続いている。  四季は忍の言付を守り、忍が傍にいる時は忍しか喰わない。 〇●〇●〇 「忍様、風呂の支度が整いました故、お先に浸かってくださいませ」  パソコン画面と睨み合う忍に、台所から那智が声をかけた。  正月早々に送られてきた陽人からのメールを睨むように眺めていた忍は顔を上げた。 「ああ、先に入っていいぞ。こっちを片付けてから……」 「出来ませぬ! 忍様より先に風呂を頂くなど、有り得ませぬ!」  エプロン姿の那智が忍に駆け寄った。 「そうだろうな。わかった、入ってくる」  千年経っても融通がきかない那智には従った方が早い。  忍は立ち上がった。  年末年始の三日間だけ里に帰った那智は、早々に戻ってきて甲斐甲斐しく忍の世話を焼いてくれる。  ずっと一人だった忍にとっては有難いが申し訳なくも思う。 「台所は四季と片しておきますれば、ごゆるりと」 「すまんな、助かる」  ぺこりと頭を下げる那智に声をかけて風呂に向かった。  普段なら夕食は梛木が一緒なのだが、今は熊野に帰省中だ。  広い忍の部屋には、那智と四季が同居している。   三人だと流石に狭く感じるが、この狭さを心地よく感じていた。 (とはいえ、部屋数は足りないか。梛木が戻ったら、やはり増やしてもらおう)  梛木の空間術なら、地下空間は無限に広げられる。  那智と四季のプライベートな部屋くらいは用意してやりたい。  今の所は、一つのベッドで三人で寝ている状態だから、気の毒だ。 (何のかんのと年内はバタバタしたからな。四季と那智が戻ってくれて、助かった)  年末の栃木出張もbugsの一件も、那智と四季の尽力に助けられた。  きっと今年は去年以上に荒れる。二人の存在は忍には心強い。  さっきの陽人のメールには伊吹保輔を桜谷家の養子に迎える算段が付いたと報告があった。  正月休みで帰省したついでに、集落を説得したのだろう。律との正式な婚約に合わせるやり口は何とも陽人らしいと思った。  この時点で、荒れる予感しかない。 (停滞していた総てが少しずつ、動き始めた。情勢は目まぐるしく変化している)  これまで水面下で活動していた反魂儀呪のリーダーと巫子様の面が割れ、動きが活発になった。  集魂会の実態を掴み、過去に潰した反社が復活して惟神を狙い始めた。 (すべては直桜が動き出してからだ。直日神の惟神とは、そういう存在か)  自らの力を嫌い自分を殺すように生きてきた直桜が、自分の力を受け入れて向き合った途端に周囲が動き出した。  いつの世のいつの時代も、直日神の惟神は強い影響力を持つ。  だからこそ惟神自らの意志で時に潜み、時に動く。  (ことわり)が欲し、理が制する存在だ。 (今は直桜が動かねばならん時なのだろうな。13課は直桜のために存在すると言って過言でない)  特殊係に惟神が所属しているのは、明治の時分に忍自ら桜谷集落と契約を交わしたためだ。  江戸より以前の時代から存在を知っていた忍にとり、国単位で怪異と向き合うために惟神は無くてはならない存在だと確信していた。  その時からの契約が、今でも続いている。  人に神力を授け人と共に生きる祓戸の神々は、現世(うつしよ)に常に居住む唯一の神だ。  一番近くで世の理を守る神でもある。 (祓戸神の惟神と梛木、13課にはなくてはならない存在だ)  だからこそ、全力で守る。  怪異と向き合うとは、理を守る手段であり、理を守るは神の本能だ。  『理を護る神を守る』  それこそが特殊係の最も重要な役割であると、忍は考えている。 (直桜たち惟神も、惟神を守る眷族も他の職員も、俺が責任を持って守ってやらねばな。それが班長である俺の責務だ)    今までも、ずっとそうして生きてきた。  これからも命が続く限り、忍の責務は変わらない。 「忍様、お湯加減は如何でしょうか?」  四季が風呂の戸を半分ほど開けて、中を覗き込んだ。 「ああ、丁度いい。片付けを終えたのなら、四季も入れ。俺はそろそろ……」 「では、失礼いたします」  四季が扉を全開にして中に入ってきた。  出ようと立ち上がった忍の肩を押して座らせる。 「お背中、お流しいたしましょう」 「体は洗ったから、いい」 「では、湯の中で按摩など、如何でしょうか」  四季が軽く自分の体を流すと、湯船に入った。  大量の湯が溢れて流れ出す。 「流石に二人では、狭かろう」  体の大きな四季に合わせて湯船は大きく作り直したが、二人となると狭い。  忍の言葉をあっさり流して、四季が足のマッサージを始めた。  足裏を揉みほぐして末梢から体幹に向かって滑らせる手が心地よい。  繊細な手つきが気持ちが良くて、抗う気を削ぐ。 「四季ぃ! 食器を拭いて仕舞えと言っておいたのに、何をしている!」  怒り声を隠さない那智が思いきり風呂の扉を開けた。  声と同じように顔も怒っている。 「お前はまた、忍様に無体をっ。風呂とはリラックスタイムなのだ。心労をおかけして、どうする!」 「だから、マッサージをしている」  忍の足を揉みほぐしながら、四季が悪びれもせずに答えた。 「お前のようなデカい男が湯船に浸かったら湯がなくなる!」  確かにその通りだなと思うが、四季の手が気持ちいいので、忍としてはそれでいい。 「那智も入って、忍様にマッサージすればいい」  顔色も変えずに四季が那智に提案する。   那智が顔を真っ赤にして口を戦慄かせた。 「お、おまっ、温泉ではないのだぞ。自宅の風呂は、皆で入る場所ではないのだ。それにまだ片付けが終わっていない」  那智なりに温泉と自宅用の風呂の用途が違うらしい。  そういえば昔から秘湯好きだったなと、ぼんやり思い出した。 「片付けは、もういいから。那智も入れ。たまには自宅の狭い風呂も良いぞ」 「では、入浴剤を入れましょうか。那智が温泉気分を味わえるように」  四季が手拭と一緒に持ってきたらしい入浴剤を湯に落とした。  タブレット型の入浴剤から炭酸泡が溶けだして皮膚に触れる。  マッサージされて敏感になった部分がやけに気持ちよく感じた。 「ん、良いな……」  目を閉じて息を吐く。  中を眺めていた那智が息を飲んだ気配がした。 「では、私は忍様の後ろを失礼いたしまする」  いつの間に服を脱いだんだろうと思う早業で、那智が忍の後ろに入ってきた。  また湯が溢れて流れた。  いくら那智が小柄でも、流石に三人となるとこの湯船は狭い。  後ろに陣取った那智が忍の肩を揉み始めた。  足と肩を揉みほぐされて気持ちが良くて、ぼんやりしてくる。 「そういえば、昔にも三人で狭い風呂に入ったな。偶然に抉った穴から湯が沸いて、急拵えで風呂にした。何百年前になるか」 「温泉なら何度か掘り当てましたが、三人で狭い風呂……。忍様の風切で大岩を裂いた時ですかな? あの風呂は、狭かったですなぁ。しかし、良い温泉でございました」  那智が懐かしそうに笑った。  四季も同じような顔で笑んだ。   「もう少し穴を広げれば良かったのですが、寒かったのでしたね」 「あはは、そうだったなぁ。寒くて我慢ならずに急いで入ったのに、狭くて肩までどっぷり浸かれなんだ。三人で身を寄せて湯に浸かっておりましたなぁ」  四季と那智が楽しそうに話すので、忍もあの時の情景を徐々に思い返した。 「温泉を出た後も、結局は寒くて、岩窟で三人で寄り添って寝たのだったな。そっちの方が温かくて、よく眠れたよ。何とも懐かしい。すっかり忘れていたな」  あまりにも遠い昔で思い出しすらしなかった懐かしい過去が蘇る。  あの頃は何も考えずに、ひたすらに好きな修行をして過ごしていた。 「楽しかったな、那智、四季。お前たちが戻ってきてくれて、嬉しいよ」  湯の温度も触れる肌も気持ちが良くて、眠気が襲う。 「忍様……、また御傍に在れる今を、嬉しく思います」 「我等はいつまでも、忍様と共に在りまする。もう決してお一人になど致しませぬ故、ご安心くださいませ」  那智と四季の声に応えようと思うのに、言葉が出ない。  忍の意識は、眠りの底に堕ちて行った。

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