10 / 22

Cp.6保輔×瑞悠(男vre)『初めての××①』

 直桜と護のマンションで、保輔と瑞悠が睨み合っていた。 「認めん! 俺は認めんぞ! 絶対あかん!」 「どうして? 直桜様と化野さんは、いいって言ったよ? 藤埜室長と律姉様も賛成だったし、須能班長だってアリっていったもん。陽人兄様も試してごらんて、笑顔だったもん!」  思いつく限りの偉い人の名前を捲し立てる瑞悠に、保輔は言葉を失くした。 「……あかんもんは、あかん! 俺が嫌や!」  もはや感情論でしかない言葉をぶちまけて、保輔は息を荒くした。  そんな保輔を宥めるように護が肩を撫でてくれた。 「一度、落ち着きましょう。座って、コーヒーでも飲んで、ね?」  椅子に促されて保輔は席に着いた。  同じように直桜が瑞悠を座らせる。  護がコーヒーを入れている間に、直桜が保輔と瑞悠を交互に眺めながら腰掛けた。 「俺は安牌な提案だと思うんだけど、保輔は、どうしてそんなに嫌なの?」  直桜の問いかけに、保輔はぐっと口を引き結んだ。 「戻れなくなったら、どうしようって、考えてるんでしょ?」  確かに、そういう懸念もある。  瑞悠の指摘が当たり過ぎていて、余計に何も言えなくなる。 「みぃだって惟神なんだけど? 保輔の血魔術くらい浄化できるよ。知ってるでしょ? 最悪、みぃが出来ない状況になっても、直桜様やちぃだっているんだよ? 何も問題なくない?」  惟神は他にもいる。問題ないのもわかっている。  だが、保輔が反対したいのは、実はそこではない。 「理研が瑞悠を狙ってくるのは、恐らく間違いないし。その場合、保輔とセットの可能性が高い。男の姿でいる方が、少しは安全だと思うよ?」  そう、瑞悠が提案した理研からの攻撃対策は、今、直桜が話した通りだ。  保輔の血魔術で男の姿で過ごしていれば、ある意味で変装にもなるし、体をいじられる危険も多少は低くなる。  そこは保輔も賛成だ。瑞悠を守る手段として血魔術が使えるなら、嬉しいと思う。 「百歩譲って、男の姿はええ。やったら、白金台のマンションでええやん。なんで瑞悠まで直桜さんたちのマンションに住み込む必要があんねや」  保輔が問題にしたいのは、そこだった。 「保輔の血魔術がどの程度で切れるのかとか、お酒の分量とか試すなら、直桜様たちの近くが良いかなって思って」 「せやから、何でやねん! 白金台やって、律さんや智颯君がおるやん。ここである必要、ないやろ!」  握った拳がテーブルを叩く。  そこに護がコーヒーカップを置いた。 「保輔は直桜様の眷族だから。神力の調節とか必要かもしれないし、アドバイスもらいやすい場所の方が、いいじゃん」  さっきから瑞悠の言葉が的を射ていて、何も言い返せない。  保輔はまたも、口を引き結んで俯いた。 「逆に聞くけど、なんでそんなに反対するの? みぃが直桜様たちのマンションに来るの、嫌なの?」  真っ直ぐすぎる問いかけに、どう返したらいいのか、わからなくなる。  直桜や護がいるから、余計に言葉にしずらい。  考える素振をしていた直桜が徐に口を開いた。 「瑞悠がこのマンションに来るなら、部屋は保輔の隣かな。一番奥でもいいけど。二階は三階と部屋の造りが違うから、一部屋ごとにキッチンも風呂もトイレもあるし、共同生活にはならないよね」  その通りだ。今まさに住んでいる保輔は一番よく知っている。  三階は事務所があるせいか、直桜と護の部屋が廊下で繋がっていて、キッチンも水回りも共同だ。  だが、保輔が間借りしている二階は普通のアパートやマンションと同じで、一部屋ごとに独立した1DKになっている。プライベートはしっかり確保されている。 「一つ懸念があるとすれば、白金台のマンションより玄関のセキュリティが甘いくらいだけど」  保輔の肩が、自分でも引くくらい大きく跳ねた。  その姿を眺めていた直桜と護が同じ溜息を吐いたのが分かった。 「瑞悠に襲われるのが、怖いってさ」  直桜が瑞悠に呆れた声を投げた。  正月の一件があるから、直桜も護も同じ懸念を抱いたのだろう。 「襲ったり、しないもん……」  瑞悠にしては珍しく、しょげた声が出た。  保輔は慌てて顔を上げた。 「ちゃう! そうやない! ……わけでもない、けど」  瑞悠が眉を下げている。  そんな顔をさせたいわけではない。保輔の気持ちが焦る。 「俺が瑞悠を襲ってまうのが……。勾玉、もろても、時々には発情するし。前ほど酷くないから我を忘れたりはせんけど。壁一枚、向こうにおるってわかっとったら、どうなるか、自分でもわからんし」  顔が、どんどん熱くなる。  つくづく、自分の体質を呪いたくなる。 「男の姿やって、知っとったら、余計に理性失くす気ぃする、から、不安や」 「別にいいんじゃない? みぃは、いいけど」  あっさり肯定されて、保輔の方が熱くなった。 「そういう話は二人きりの時にせぇや! ヤってる時に急に戻ったら、どないすんのや! 俺、止まらへんぞ!」  言い切って、後悔した。  自分の発言こそ、人前でしていい話じゃない。 「可愛いですね、二人とも」  隣に座っている護が、楽しそうに笑っていた。 「いっそ、もうヤっちゃえば? 男の姿で初夜でも、いいんじゃないの?」  直桜が直桜らしからぬ発言をした。 「私も、それでいいと思いますよ。瑞悠さんはノリノリみたいだし。一度、そういう経験をすれば、二人の意識や考えも変わるかもしれません」  護まで護らしからぬ発言をしている。  瑞悠が期待に満ちた目を保輔に向けた。 「保輔はさ、自分を理研の被験体だって意識しすぎなんだよ。俺から言わせたら考え過ぎだし、もっと欲求に素直で良いと思うけど」  直桜が瑞悠を振り返る。  瑞悠が頷いた。 「みぃは保輔だったら男の姿でも女でも、抱かれていいって思ってるよ。被験体とかそういうのは、あんまり考えてない。というか、保輔に意識してほしくない」  瑞悠はいつでも結構な爆弾発言を投下してくる。  確か正月にも瑞悠には、被験体と自分を卑下するなと叱られている。  保輔は項垂れた。 「一先ず一週間、このマンションで血魔術の調整をしてみるのはどうでしょう? 期限付きなら、保輔君も少しは安心なのではないですか?」  護が至極順当な提案をくれた。 「やったら、まぁ、ええかも、な」  気持ちの落とし所としては、充分だ。 「三階には俺も護もいるんだから、何かあっても安心だろ。不安なら朱華に傍にいてもらえばいいよ」  テーブルの上で寝こけている朱華の頭を、直桜がツンツン突く。 「……ん、わかった」  これ以上、ごねるのは、まるで自分がガキのようで、今は頷く他なかった。  直桜と護に見守ってもらって、保輔は瑞悠に血魔術の酒を飲ませた。案の定、男の姿になった瑞悠は、保輔よりよほど気楽にその姿を楽しんでいた。 「どの程度の量でどの程度の時間、変化していられるかが一番、試したい部分だけど。その辺りって保輔の匙加減なの?」  直桜の疑問に、保輔はどんよりと頷いた。 「今は、一日くらいのつもりで作った。明日の昼くらいに切れたら、狙い通りや」  今は土曜日の昼だ。  流石に男の姿で学校に行かせるわけにはいかない。 「じゃぁもう、自由にしてていいよね。保輔、部屋に荷物運ぶの、手伝ってよ」  瑞悠が大きなキャリーバックを持ってきた。 「は? もう荷物持って来とんの? 準備良すぎやないんか?」 「ダラダラしても手際良くしても流れる時間は同じでしょ?」  全く持ってその通りすぎて、何も言えない。 「ちぃに見付からないように律姉様に協力してもらったの。見付かったら、うるさいもん」 「律さん……」  保輔は頭を抱えた。  確かに智颯に見付かっていたら一緒に来ていただろうと思う。  律が楽しそうに瑞悠に協力する姿が目に浮かぶ。 (律さんと瑞悠は似た者同士や。俺の味方は、もしかしたら智颯君だけかも、わからん)  ぼんやりと考えながら、保輔は瑞悠のキャリーケースを持ち上げた。 「ほんなら、片すのも手伝うから、行こうや。部屋、どっちにすんの?」 「保輔の隣にする」  瑞悠が護から202号室の鍵を受け取っている。 「夕飯や朝ごはんは、今まで通り一緒でも構いませんし、二人でもいいですからね」  護が気を利かせてくれるのが、居た堪れない。

ともだちにシェアしよう!