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第4話 猛毒紅茶飲んじゃった

 きっと今頃、味も香りもとくにない飲んだらクラクラするだけの、レモンでもシークワーサーでも同じような気がする、っていうかどっちでもいいチューハイ飲んで、油っぽい唐揚げ食べて、リピート再生みたいに変わり映えのない会話をしてた。 「なんか、意外、甘くないんだ」 「あ、はい。あのフレーバーティーなので」 「ふーん」  俺は桃で、林田さんは林檎。どっちともから甘くて優しくて、良い香りがする。 「けど、なんか、いいね」  こういうの、飲んだことない。ホッとする感じの。 「あ、クッキーもあるんだっけ」 「あ、はい、もしよかったら」 「一緒に食べようよ」 「あ、ありがとうございます」  やっぱ丁寧だなぁ。お辞儀までしてお礼されるとか、レアすぎてさ。 「…………」 「? 酒井さん?」  飲んだことのない心地いい紅茶に、されたことのない丁寧な接し方をする人。全部が未体験で、不思議で、じっと見つめたら、林田さんが首を傾げた。  普段だったらさ、多分、このクッキーのパッケージ開けて、そのままハイどーぞってするだけだったなって思ったんだ。 「ちょっと待ってて」  紅茶だってそう。もしも家で飲むなら、ぐっらぐらに沸騰させたお湯をマグになみなみ注いで、じゃぶじゃぶにティバックを浸してた。  でも、お湯は半分くらい。そんでティーバッグは、お湯注いでラップで蓋して二分から三分。そしたらようやく飲める紅茶。  そんなふうにしたんだから、クッキーもパッケージから指で摘んで食う、んじゃなくてさ。 「クッキー用の皿とかあんのかわかんないけど」  とりあえず、白い小皿に乗せてみた。なんか、せっかくならそのほうがいいかなって。 「……うま」 「! よかった、です。……?」  俺がクッキー食べながら笑ってるのが面白かったんだと思う。林田さんがまた首を傾げて、謎に笑ってる俺をじっと真っ黒な瞳で見つめた。 「いや……なんか、こういうのしたことないなって思って」 「……」  今頃、チューハイ飲んで騒いで、隣に座る女の子と、最近別れたとか話したり聞いたり。 「すげ、いいね」 「……」 「こういうの」  そう言って、でかめのクッキーをパクりと一口で口に放り込んだ。 「マジで? 大学生かと思った」 「いえっ、社会人です。サラリーマン、です」 「へぇ……って、年上……」 「見え、ません?」 「全然」 「ぶっげほっ」 「ちょ、大丈夫?」  そんな思いっきりむせると思わなくて、慌てた。  だって、同じ年くらいにしか見えないし。サラリーマンってさ、あと二年したら、一応、俺もそっちになるんだろうけど、もっとこう大人っていうか。スーツ姿の林田さんが想像できないっつうか。 「だ、ダイジョブ、でず」  鼻に入った? そう笑いながら、ティッシュを箱ごと林田さんに手渡した。 「サラリーマンかぁ」  社会人になるとこの気遣いができるようになるのかな。 「酒井さん……くん?」 「っぷ、あははは、いーよ、どっちでも。酒井くんも全然。俺、年下だし」 「す、すみませんっ」 「くん」にするか「さん」にするかでめっちゃ迷ってるのがおかしくて笑った。多分、ちょっと突いただけで困って、どうしようってなりそう。 「さ、酒井くん、はっ、大学生」 「そう。大学三年になるとこ」  そろそろ就職頑張らないとなぁって思いつつ、足踏みしてる感じ。 「どんな勉強を」 「んー、建築」 「すごい」 「あはは、すごくはないけど、でも、だからここのマンションにしたんだよね」 「?」 「色々考えられて作ってあるのに家賃、けっこう安くない?」  林田さんが「確かに」って呟いて、頷いてる。  まぁ、おかげで駅からちょい歩くし、近くにスーパーも薬局もないから不便なんだけど。 「全方位に部屋が向いてるのが面白くてさ。フツーみんな南向きになってたりしない? そんで北側が壁で、そこに小さな窓がいくつかあって」 「あ、確かに」  耐震的にも、どこかに支えになるところがないといけないから、あの壁がそれを担ってたりするんだ。一軒家の場合。どっちにも、どこもかしこもでかい窓があると、大地震が来たら耐えられないからさ。けど、ここは全方向に窓があるじゃん? 代わりに中心にしっかりとした折り返しの階段があって、それが支柱になりつつ、全方位に窓がでかく取ってあるから、どの部屋もまぁまぁ、開放感あるように――。 「って、そんな建築の話されてもだよね」 「いえっ、いえっ、全然っ、すごいそんなふうにここのマンションがなってるなんて思わなかったです」 「まぁ、フツー、そうでしょ」 「ためになりました。ありがとうございます」  そして、また丁寧な挨拶に、少し気持ちが跳ねた。 「すみません。僕、長居してしまって」 「あーいや、全然」  まだ甘い桃と林檎の香りは部屋の中にふわりと漂ってるのに、少しだけ残ってる紅茶はもう冷め切ってるくらい話してた。 「お礼のはずが」 「むしろ、お礼なんてよかったのに、拾っただけだし」 「!」 「こっちこそ、紅茶、すげぇ高そうなのももらって、申し訳ないっつうか」  そこで真っ赤になるけど、林田さんはサラリーマンで。大人で。 「…………ぁ」  年上だけど、俺とタメかまるで年下みたいに丁寧で。 「あのっ!」 「?」  ぎゅっと、もう冷え切っているわずかに残ってた、その紅茶を林田さんがぐびっと飲み干した。まるで、猛毒でも意を決して飲むみたいに、両手でぎゅっとマグを握り締め、正座をしたままピーンと背筋を伸ばして。 「あのっ!」 「!」  飲み干した。  それアルコール入ってたっけ?  そしたら、真っ赤な顔をして、ぐいっと上半身を今度は俺の方に向けて前のめりで詰め寄ってきた。 「僕! 恋愛対象が男性なんです!」  びっくり、した。  いきなりでかい声出すから何かと、思った。 「……はぁ」 「驚かないんですか?」 「……別に」 「怖がらないんですか?」 「……別に」 「気持ち悪くないんですか?」 「……なんで?」  そう訊いた瞬間、肩パット入ってます? ってくらい、力んでた林田さんの方からスッと力が抜けたのがわかった。  だって、別に、怖くないし。林田さん。いかついわけでもないし、むしろ小さくて、毛がふわふわもじゃもじゃで、黒いトイプードルみたい。ほら、目もキラキラでクリクリしてて、そう思うとめちゃくちゃトイプードルに見えてきた。  ほら、髪の、このカール具合がさ。 「あ、あのっ!」  林田さんはトイプードルにそっくり、という新事実を発見できたことに、少し感心してたら、また、背筋をピーンと伸ばして、肩に力を入れた。まるでトイプーが「お座り」を言われた時みたいに。 「パンティ!」 「はっ?」  すごい、パワーワード。 「僕のなんです!」 「…………は?」  ね、むしろ、そっちに驚く。怖くはないけど、気持ち悪くも……ないけど。大沢があれ履いてたら、うげぇってなるけど、林田さんは黒い毛並みのトイプードルだから、気持ち悪くはなくて。  え? は? そうなの? 気持ち悪くはないんだ。  でも、本当に全然気持ち悪くない。 「あの、酒井くんって、モテ、ます、よね!」 「は?」  っていうか、待って。まだ、俺の頭がついて。 「たまに女性がいらっしゃってました! すみませんっ、何度かお見かけして。しかも、すごく綺麗だったり、可愛かったり、多種多様で」 「多種……」  きてないんだけど。 「その! 僕に、あの! 教えてもらえませんかっ?」  ねぇ、まだ、俺、今の話題まで頭追いついてないってば。  林田さんのってことは。  林田さんが。 「男性にモテる方法」 「っは?」 「その、女性みたいに男性を誘惑する方法を」  やっぱ、ね、あの紅茶アルコール入ってた?  いや、むしろ、毒入ってました? 「教えてもらえませんかっ?」  飲むと、突拍子もないことを口走っちゃう猛毒みたいなの。  飲むと、言われてることが全然理解できなくなっちゃう猛毒。  真っ赤になった林田さんの第一印象はおとなしめで、真面目な人。その人から発せられる「パンティ」の破壊力も、そのパンティが彼女さんのものじゃなくて、林田さん本人のもので、その林田さんが、男を誘惑する術を教えて欲しいって言い出すのも、もう何もかも。 「お願いしますっ」  ね、やっぱ、毒入ってたんじゃない? 「…………はい?」  だってほら、俺も意識飛びそう、なんですけど。
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