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第7話 真四角だ。
それから一週間、自分の今までを振り返りつつ、そして、学食とか飲み会とかでのいろんな人のいろんなアピールの様子を観察しつつ。
次の水曜日を迎えた。
「ほ、本日はどうかよろしくお願いしますっ」
正座がよく似合うよね、林田さんって。細い肩からストンと、真っすぐに伸びる背中、キュッと閉じてる膝。なんか、絶妙にちゃんと四角く座れてて、じっと見てた。
「! す、すみませんっ」
じっと見つめられて、その視線に困り果てた顔をして、口をパクパクさせながら、その細い肩をキュッとすくめてる。
俺はそんな林田さんの正面に、クタリとあぐらをかいて座ってた。
「あのっ」
真正面。その距離多分三十センチくらい。すっごい。なかなか体験できない向かい合わせ感だよね。
「……多分」
「は、はいっ」
「この体勢になることってあんまなく」
「ああああっ! 確かにっ」
向かい合わせで、膝くっつけて。けど、それが林田さんっぽい。このきっちり今から「お稽古」はじめますみたいな感じが。あまりに、っぽくて笑った。
「それ……」
そんな林田さんの隣、少し後のところからさ。
「すっげ、いい匂い」
「あ! お弁当! 買ってきました! 唐揚げ入りの幕の内弁当です!」
俺も大学あるし、林田さんも仕事があるから、夕方が集合時間。定時で帰ってきたら六時半になるんだって。だから、七時に、俺の部屋にって。ちょうどいい感じの夕飯タイム。別に食事を一緒にって思ってなかったし、いつも就寝の三時間以上前には夕飯にしてるんですなんて意識高い系でもないから、適当な時間に食べてた。土日の居酒屋バイトに慣れてるから、夕飯が遅くなっても気にならないんだ。皆さまの夕食時なんて、ああいう飲食店は一番忙しい時間帯じゃん? だから、賄いはいつも十時とかそのくらい。二時間コースの団体とかが帰って、片付けも終わった頃、厨房では気を利かせてくれた店長が余りそうな材料と、人気のおかずを使って、賄いの夕食を作り終えた頃、それが、大体十時くらい。
「あのっ。お食事、まだだと思うし。その、色々教えていただくのでっ、このくらいは」
「え、いいのに」
「全然、あの」
料理はほぼしない。
飲み会もあるし、週末は居酒屋のバイトの賄いでどうにかなるから。
飲み会も居酒屋バイトもなければ、渋々、寒さを堪えてコンビニに行く。スーパーよりも近いからさ。けど、駅とこのマンションの間にはコンビニがない。それがけっこう面倒なんだよね。そのコンビニに行くには駅から帰ってきて、マンション通り過ぎて、百メートルくらいなんだけど、進まないといけないから。
億劫なんだよね。大学の終わりに駅降りて、少し歩いて、ようやく自宅なのに、帰らず、一度通り過ぎて、コンビニに行くのって。
たかが百メートル
でも、こんな寒い日には、されど百メートル。
「ああああ!」
「? 林田さん?」
その、されど百メートルをこの人は行ってきてくれたんだって、思いながら、弁当の入ったビニール袋を見つめてたら、また林田さんが面白い声をあげた。
「あ、あのっ、ぼ、僕の分は、その後で食べるので! お構いなくっ! ちょっと約束の七時に間に合わなさそうで、だから、あの、一緒の袋に入っているだけでっ」
「……」
「お、お気になさらずっ、そのっ」
真っ赤だ。多分、きっと、こんなことを考えてそう。お弁当が二つ。え? 何、一緒に食べるの? って俺が思ってるって。そんな感じ。
「ぼ、僕の分はっ」
そんなこと思わないよ。
「っぷ」
「んひゃっ」
「あははは」
めっちゃ、美味そう。
「いや、なんで二人分」
「っ!」
「って思ったんじゃなくて、わざわざ行ったんだってって、思っただけ」
「!」
一緒に食べようよ。
ほっかほかの唐揚げ入り幕の内弁当、なんて、あのコンビニあったっけ。いっつも、コンビニでさ夕飯とか食事をまかっちゃおうってなった時、焼肉弁当とか? あと、オムライスとかさ、なんかワンプレート系にするかな。パスタもいいかも。あ、麻婆豆腐丼はけっこう美味いよ。何にもなかったら大体それにしてる。そんな感じで丼とか、周りの大学の知り合いとかも、そんな感じのをよく選ぶかな。
男子はとくにそんな感じ。女の子ならおにぎりとかパンにサラダ。
だから、林田さんが選んだ弁当に、「あぁ、っぽい」って思って見てただけ。
今時、一度もカラーしたことがなさそうな艶々な黒髪も。
人んちだからって丁寧に正座するとこも。その正座が真四角って感じなのも。
話し方とかも。
全部、なんか、林田さん流って感じがする。
お礼にフレーバーの紅茶を持ってきたりとかもね。
なのに、いきなり突拍子もないことをただのお隣さんに頼んだりする。全部が、レギュラー、標準って感じがするのに、突然、イレギュラーなところがあったりする。
だから、この幕の内弁当もそう。
林田さんみたい。
普通なら塩しゃけがご飯の上にあるはずなのに。そこにあるのは唐揚げ。よくある煮物に、ピンク色をしてる甘い漬物と黄色のたくあんの、四方三センチくらいのところだけ急に色味がポップなところも、野菜ほぼなしっていうおかずの組み合わせも、ザ、幕の内弁当なのに。
急に唐揚げ。
「あは」
林田さんらしくて笑った。
俺だったらさ、なんか選ばないっていうかさ。けど林田さんは、その俺なら選ばないとこを選ぶ感じ。
それがなんかいいなって思う。
「幕の内弁当って食べたことない」
「えぇ? そうなの? 美味しい、のにっ」
うん。美味しそうな匂いがしてる。
この人の隣はいつも面白くて、おかしくて、この前はフレーバーな桃で、今日は空腹を刺激する唐揚げの匂いで。
色々が予想外。
「じゃあ、あったかいうちに食べようよ」
一日大学で、恋愛の参考にならないかと目を凝らして周囲を観察していたからぺこぺこだったんだ。
「一緒に」
「う、うんっ」
そして、同じくペコペコだったのか、嬉しそうに、黒いツヤツヤ癖っ毛をぴょんっと跳ねさせて林田さんが笑顔になった。
「どっ、どうぞっ」
「ありがと」
めっちゃ、嬉しそうで、それにまた笑いながら、まだあったかい弁当を一つ受け取った。
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