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第9話 ロボットの心臓
――好きな食べ物派なんですかっ!
――んー、焼肉?
――なるほど!
ここで一回、ツッコミ。
――そ、それでは、焼肉ということで、カルビとロース、どちらがお好きですかっ!
ここでもう一回、ツッコミ。
――僕は! さっぱりしている方がたくさん食べられるので、ロースです!
なぜか、ここでまたもや、ツッコミ……本当はツッコミしてるんじゃなくて、どおおおしても直せない強打のボディタッチ。もっと優しく、そっとって言っても、やっぱりツッコミみたいになる不器用さがちょっとツボで、最後のあたりはそれされるの待ってたくらい。
――林田さん、肉の種類もまぁ、いいけど、それだと、デートに誘えないでしょ。だから。
「っぷ」
今も思い出すと笑っちゃう。
なんなんだろう。林田さんのあの不器用さって。繊細そうなのに。フルスイングのツッコミみたいなのしてくるのって。
それと、斜めな会話っていうか。
焼肉好きって言われて、お肉の部位に話の方向持ってくって、あんまないでしょ。どこか美味しいお店は知ってますか? とか、自分の好きなお店を伝えるとかってすると思うんだ。そうアドバイスしたら「あああああ」ってまた仰け反るくらいになるから、おかしくて、おかしくて。
「っぷは」
ほら、また、思い出すと笑っちゃうんだけど。
「やだぁ思い出し笑いしてるぅ」
「…………それは、何キャラ」
「最近、女っ気が全くないまま過ごしている翠伊くんに潤いをあげるキャラ」
いや、だから、それこそ何キャラ? 潤わないし、むしろ、乾くし、冷える。
「本当に飲み会も来ないしさぁ。昨日なんて、課題もないし、講義一番薄い日じゃん。しかも、ファッション専門の学校の子、可愛かったぞー?」
「そうだったんだ」
「モデルもやってる子いたりして、めっちゃ楽しかったぞ」
俺も、けっこう、楽しかったよ。昨日は。
「水曜日はこれからしばらく用事ある」
「? バイトのシフト?」
「……………………まぁ」
「間、ながっ!」
だって詳しく話すと絶対に大騒ぎするでしょ。それが面倒だなぁって思った、からの「まぁ」だったから、間、長くなるよ。
「なになに? また断れない翠伊ピはシフト増やされちゃったのか?」
「その呼び方」
「あはは、レナちゃん、の真似。友だちのまんまでいたらよかったのに、付き合うから、別れて、友だちも解消だろ? お前って変に不器用だよな」
「別に……」
「あれ? けど、お前のバイト先って水曜定休じゃなったっけ? だからいっつも飲み会、水曜なら毎回来てたじゃん。他の曜日はたまに欠員出たからってバイト駆り出されてたけど」
変なとこはしっかり覚えてるんだな。
そう、居酒屋は毎週水曜が定休日。だから水曜日は急なバイト欠員とかによる急な呼び出しがなかった。だから、水曜日に入った用事は居酒屋バイトじゃない。
「………………家庭教師することになったから」
「はい?」
恋愛の先生。
「お前が?」
「そう」
お隣の不器用なお兄さんに。
「なんの教科? 数学?」
「んー………………色々?」
「は?」
青天の霹靂?
突拍子もないこと。
ドラマみたいで、藪から棒で、寝耳に水……は、やっぱちょっと違うかも。
「なんだ、それ、つーか、家庭教師って、えろ? エロいやつ?」
「違う」
ちょっとえろだけど。
「とにかく、予定入る。だから、しばらく飲み会は出られません」
一生懸命なあの人の応援をしてみたいんだ。
大学行って、飲み会行って、バイトして、変わり映えのない毎日と、リピート再生みたいに続く似たような会話に少し飽きてたから。
そんな時に舞い降りた真っ赤なランジェリー。
――林田さん、ロボットダンスなら上手になるかもね。
――えぇぇぇぇっ、ろ、ロボット。
俺が今まで出会った人の中で一番不器用な大人。
ちょっとワクワクしてるんだ。
「まぁ、良いけどさぁ、お前またなんか面倒なこと引き受けたとかじゃない?」
「何、面倒なことって」
「ほら、前にあったじゃん。サイダープリン詐欺事件」
「……あー、って、別に詐欺じゃ……」
「いや、あれは詐欺だろ!」
大学一年の時のことだった。
大学近くにあるお菓子工場。そこの深夜バイトが時給良くて、うちの大学では定番バイトっていうか。そこの工場も、大学生をスポット的に使えるからか、履歴書なしで雇ってくれてた。条件はここの大学の生徒であること。学生証と住所と名前を登録するだけで希望日にバイトをすることができるっていうので、結構みんな登録してた。
俺も一年目、楽だからってそこに登録して。
その時、もう今は卒業した先輩がサイダープリンっていう、絶対に合わなそうなふたつを合わせた謎のプリンを大量に買い込んで。
社員割引で、めちゃくちゃ安く、そこの工場で作ってるお菓子が買えるんだ。
そのサイダープリンはなかなかに不人気らしくて。プリンだけどサイダーだから緑色っていうのがもう見た目的に美味しくなさそうでさ。
けど、味はまぁまぁ美味しかった。けど、とにかく色がビミョーで。食べ終わると、舌が緑色になるのもまた斬新でさ。着色料てんこ盛り感がすごかった。
なのに、その先輩は山ほど買っちゃったから、賞味期限が間近でどうしようって困ってた。
どんなに合わないテイスト二つ合わせた謎プリンでもさ、捨てるのは良心が痛むじゃん。
だからあの時、確か一個、五十円とかで俺がその先輩から買ったんだ。いくつ買ったんだっけ。とにかくダンボール一箱分。しばらく、もうプリン類いらないって思ったのは覚えてる。
けど、実はその先輩はその緑色サイダーを一個十円とかで買っていて。
俺はそれを五十円で買ったわけだから、一つ、四十円の儲けが発生するわけで。
「あの時、お前のあだ名、サイダーくん、だったじゃん」
「お前、よく覚えてるね」
「って、そりゃ、大量の緑色したサイダー、お前のマンションまで一緒に運んでやったじゃん」
あったっけ、そんなこと。
「ご近所さんにも配ったんだろ」
「食い切れなそうだったから」
あ。
――すみません。怪しいものじゃないんすけど、プリン、食べません?
そういえば、余りすぎてて、お隣のおじーちゃん、おばーちゃんにもあげたっけ。
――え?
林田さんにもあげたっけ。二つ、持っていったら、驚いてた。前髪長すぎて、それに俯いてたから、ちっとも顔見れなかったけど。
「ただの大損じゃん。十円のゼリーを五十円で買って、それご近所にまで配って」
「……」
あの時。
「いいんだよ。色はすごかったけど、美味かったし、総額、大した金額じゃなかったし」
「……はぁ、まぁ、お前らしいっつうか」
そっかあの時、ちょっと話したことあったんだ。
――もらってもらえたらありがたいんです。これ、今、うちに大量にあって。
――は、は……ぃ。じゃ、じゃあ。
――マジでっ? 助かりますっ。
――っ!
あの時、林田さんも舌、緑色になったのかな。
「まぁ、詐欺とか変なのじゃなきゃいーよ。ちゃんとバイト代もらうんだぞ。あ、けど、飲み会は来れたら来いよー。お前いると女子誘いやすいんだよ」
俯いてて、顔は、あの真っ黒なでかい瞳は見えなかったけど、ほっぺたは真っ赤だった。
べろが緑色になったのかな。
「あぁ……」
あの時は、想像もしなかった。
お隣に住む林田さんが、あんなに――。
「大丈夫。雇い主、めっちゃ真面目だから」
あんなに――。
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