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第12話 性別枠内、恋愛対象外
びっくり、した。
林田さん、男なのにね。
俺、男は恋愛対象外、のはずなのにね。
「すご、これ」
「うん。だから、あの、元気のない時とか、頑張りたい時に、ちょっと履いてみるっていうか」
「たっか、パンツ、一枚で一万とか」
「レースとか細工が多いのはね。これは色もたくさん使ってるし。こっちのは色はあんまり使ってなけど、レースがすごく細かくて。あ、でも、これは本当にすごいんだ。このレースで作った花が本当に立体的でね」
「本当だ。確かにすごい。ドレスみたい」
「! う、うんっ、そんな感じなんだっ、本当にっ」
でも、確かに、俺はこの人が好きで。
今の一言に、林田さんがパッと表情を明るくして、夢中になって話してくれるだけで、なんかこっちのテンションが上がるっていうか、気分がパッと明るくなるっていうか。
「あっ、ごめっ、僕、喋りすぎ。変じゃないって、言ってもらえて嬉しくて、つい」
「ううん、全然」
同意してもらえたのが嬉しかったみたいで、声が弾んでる。夢中になって俺が検索した、そのブランディシのサイトの商品を見ながら、色々話してた。めっちゃ嬉しそうに、楽しそうに。
それが嬉しくて。
「もっと話してよ」
「!」
やば。
けっこう、どころじゃない。本当に、確かにちゃんと、好き、になってる。
「あの、聞いてくれてありがとう」
見てたいってなってる。
「全然、俺でよかったら」
もっと、この人と、一緒にいたいって、なってる。
「…………ぁ……って、も、もお、こんな時間だね」
「あ、本当だ。三時」
「ゴメっ、アルバイト大丈夫? そろそろ準備だよね。夕方からじゃ」
「へーき、別にこのまま行くだけだから。頭もバンダナ巻いちゃうからセットしないし」
「あ、うん」
「っていうか、こっちこそごめん。せっかくの休日なのに、カレー食べさせてもらって、ほぼ一日、林田さんの時間もらった」
「う、ううんっ、全然、全然」
本当は、ちょっと時間知ってたりした。けど、まだ、話してたいとか思って、二時になっても、そのまま時計のチクタクって音を知らんぷりしてた。
「カ、カレーっ、食べてもらえて嬉しかった、です」
「今度」
「はい?」
もっと、この人といたくて。チクタク、時間がすぎていくのを知らないふりしてた。
「甘いの食べたい」
「ひへ?」
「林田さんの好きな、甘口カレーも食べてみたい、なんて、図々しいんだけど、っていうか、俺が、」
「! う、うんっ、全然っ、あの、うん」
この人と、もっと一緒にいたくて、甘口でも激辛でもなんでもいい、マジでなんでもいいから、少しでもこの人と一緒にいる時間を作りたくて、理由、かき集めた。
カレーはとっても美味かったけど。
「はぁ」
世の中は、そんなうまくはいかないよね。
「……どしたん?」
好きだって、自覚したけど。
「おーい、翠伊ピぃぃ?」
今まで、フラれるのはしょっちゅうだった。
けど、それは付き合ってくうちに、向こうに呆れられてってことだから、ちょっと違うんだ。
好きだ、と、自覚した瞬間、すでにもうフラれてるっていうのは、初めて。
うまくいかないものだよね、ホント。
「なんでブスったれてんの?」
完全なる片想いをこの週末で始めたんで。
「翠伊ピぃ」
「その呼び方」
そりゃ、ブスったれもするでしょ。
林田さんには好きな人がいる。会社の人で、部署は、違うんだっけ。でも挨拶程度なら交わしてる、イケメンで、モテて、優しい誰かさん。
そんで、俺はその人を落とす方法を伝授するべく恋愛家庭教師として雇われた、ただのお隣さん。
もう今の段階で、恋愛対象から除外されてる。
性別部門でなら、林田さんの恋愛対象に入れるのに、枠外にいる。
「おーい、ブスだぞぉ」
林田さんの恋愛対象の性別には、入れてんのに。
「世の中、上手くいかなくて、不貞腐れてんの」
「?」
俺は林田さんが好きだけど、林田さんが好きなのは俺じゃなくて。けど、林田さんの好きな人は林田さんのこと好きじゃなくて。
こっち向いてくれたらいいのに。
林田さんはあっちを向いててさ。
けど、奪いたいとかじゃない。
林田さんをどこかから攫っちゃいたいわけじゃないんだ。あの人には笑っててほしくて、あの人には幸せになって欲しいとも思ってるし。かといって、俺も諦めたくはないし、俺も幸せになりたいし。
あの人が当たって砕けてもいいって思った気持ちとかを、チョキっと切って、ポイってしたいわけじゃない。
けど、俺の好きも叶えたい。
ほら。
「……別に」
「……ふーん」
上手くいかない。
頬杖をつきながら、大沢が言うブスったれた顔のまま講義室の壇上に、そびえ立つような大画面テレビを見つめてた。
「……なに?」
めっちゃ大沢がニヤリと笑ってる。
「別にぃ? でも」
「?」
「いっつも優しい翠伊ピのそんな顔、レアだなぁって思っただけぇ」
「ピ呼びすんな」
「っぷあははは、本当にご機嫌斜めじゃん。珍しい」
別に、機嫌は斜めじゃない。
ただ林田さんに好かれてるどこかにいる男のことが羨ましかっただけ。
「雪でも降るかもな」
林田さんには笑っていて欲しいけど、林田さんの片想いが実ったら、笑ってくれるんだろうけど。
俺も笑ってたいだけ。
あの人と向かい合わせで、俺も笑ってたいだけ。
今までで一番、すごい好きなのに。
「降らないよ……晴れだった」
今までで一番、どうしたって叶わないじゃんって、溜め息が出ただけ。
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