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第13話 雪や、こんこん

 びっくり、した。  予報は晴れだった、よね?  今って、色んな技術が進んで、天気予報だって、すっごい高確率で予想的中できるような気がするんだけど。 「……まさかの」  大沢があんなこと言うから。 「…………雪」  降っちゃったじゃん。  大学を終えて帰ろうとした時は、めちゃくちゃ寒いだけだった。まるで冷蔵庫、いや、もう冷凍庫? ってくらい、外がキンキンに冷えてた。  そして、大学の最寄り駅に着いたら、人身事故で電車が遅れてて、しばらく待ってたら、その間に雪が降り始めた。  まじかぁ、って思いながら、でもその時はまだほんの砂粒みたいに小さな雪だったから、まぁいっかって思ったのに。  ようやく来た電車に揺られて駅を五つほど行った先、マンションの最寄り駅に到着した時には、飴玉みたいな雪が音もなく降ってた。 「……」  マジか。  傘、ないんだけど。  ここの駅、本当に何もないんだ。マジで。  快速とかの電車じゃスルーされちゃう駅で、各駅停車の電車の方が少ないような路線だから、けっこう不便な駅。不便だけど、ここの前後の駅で降りちゃえば商業施設はあるから、そうしてる人の方が多いのかもしれない。駅一つずつの距離、一個前の駅で降りてスーパー行って帰るとかできる距離感。  そんなわけで、特に何もなくてもどうにかなっちゃう、過疎駅には、降りても寄れる店とかない。もちろん、傘を買える店もない。  でも、もう帰るだけだし。まぁ。 「…………」  いっか、そう思って、一歩、出ようとした時だった。踏み出す一歩を、止めた。視界の端っこに、ふわふわくるくるなシルエットがあったから。 「……林田さん」 「あ! あ、酒井っ、くん」  すご、偶然。  林田さんがぎゅっと肩に力を入れて、わ、と口を大きく開けた。 「び、くり、した」 「俺もー」  マジかぁ、って、天気予報大外れじゃん、ねぇ、ちょっとどーすんの? って、思ったけど。  今、この瞬間、ラッキーって、なった。 「電車、遅れてたね」 「あ、うん」 「すごい混んでなかった?」 「うん。すごかった」 「同じ電車かな」 「そう、かも」  あー、そこで見つけられたらもっとよかったのに。こんな華奢な人、絶対に潰されちゃうでしょ。そこを俺が、ボディガードしてあげたらさ、ちょっとは俺に、ドキッとしてくれたりしたかもしんないのに。 「? 酒井くん?」  そこまで考えて、すごいなこれって、笑ったところを林田さんに見つかった。好きな子にアピールとか、俺ってそんなふうにグイグイ考える方だったんだって、笑った。好きになってもらいたくてしょうがないんじゃんって。 「あの激混みな中じゃ林田さん潰されちゃいそうって思っただけ」  そんな激混みな電車の中、颯爽と現れて、この人のこと守ってみたかっただけ。 「そ、そこまで貧弱じゃ」  いや、けど、華奢でしょ。かなり。それに。 「…………っぷ」 「? 酒井くん?」 「やっぱ、学生にしか見えない」 「え、えええええっ?」  四角いリュックを背中に乗せて、ダウンコートがモコモコすぎて、あったかそうだけど、そのままぷかぷかと宙に浮いちゃいそう。風船を着てるみたい。ベージュに近い明るい色がまた年齢を下げてるっていうか。もちろん中学生じゃないけど、もしかしたら高校生もあり得たりして。とりあえず、大学生ですって言っても通用すると思う。あと、居酒屋とかで入店の時、年齢確認されてそう。 「そこまで若くは」 「って言っても年齢でなら三つ四つ上なだけでしょ? なんか、年齢じゃなくて。一緒に並んでたら、友だちって感じだよ」 「お、大人です」  そこで林田さんが、口をへの字にして、斜めに視線を落とした。長い睫毛が大きな瞳に影を作ってる。その睫毛とふわふわくるくるな黒髪が触れて。少しからかいすぎたかも。だって、この人は学生みたいに幼く若く見られたいとかないだろうし。それに好きな人は同じ会社なんでしょ? 社会人じゃん。きっとその人に見合うようになりたいんだから、きっとなりたいのは、大人、なんだろうし。 「林田さんは傘持ってる?」 「あ、ううん、持ってなくて」 「俺もー」  いーじゃん。若く見られたほうが。俺と同じ歳くらいに。なんて、この人は嬉しくないよね。 「観念して、行こっか」 「ひへ?」 「これ、いつやむかわかんないし」 「う、うん」 「もっと降ってくる前に帰っちゃおう」 「う、うんっ」  そして、二人で飴玉みたいに大きな雪が音もなく降っている中を歩き出した。 「すご……」  上を見上げると、真っ黒な空から、ふわふわって真っ白な雪が俺の視界いっぱいに落っこちてきてる。そして、ひとつ、息を吐く度に、その真っ黒な空に、吐息でできた真っ白な雲が浮かんだ。 「ホ、本当だ……と、わあああっ、あ、あ」 「あっぶな」  本当に、ちょっと不器用。降り始めた雪は乾燥しきった道にどんどん積もっていってた。うっすらと雪が地面にあるだけでも、雪に不慣れだから、もうすでに滑って転びそうになった。バランスを崩して、手をばたつかせた瞬間、大急ぎでその腕を掴んで。 「ご、ごめっ……」 「セーフ」  ギリギリ。 「危なかったね」  やった。ちょっと願望が叶った感じ。 「滑っちゃうでしょ」 「あ、あの」 「もう暗いし、転んだらやばいから。手」  君を何からも守っちゃうボディガード。電車の中ではできなかったけど。 「で、でもっ、あのっ」 「転ぶよりマシだし」 「でも、あの、酒井くん」 「けど、俺が転ぶこともあるかもよ?」 「!」  手を、繋いじゃった。 「そ、その時はっ、僕がちゃんと守りますっ」 「お願いします」  さっきは、マジか、って思ったけど。なんで雪、って、遅れてる電車にも、大外れの天気予報にもブーイングしてたけど。  今は拍手喝采だ。 「にしても、すご、もう林田さんの頭に雪積もってる」 「ひへ?」  雪にも大感謝。 「あ、ありがとう」 「どういたしまして」  どさくさ紛れ。頭のてっぺんの雪を払ってあげるフリをして、この人に触れちゃった。 「ぼ、僕も、あの、酒井くんの頭の」 「?」 「す、すごいよ。頭」  そう言って、林田さんが繋いだ手をぎゅっと握って、足元にどんどん落ちて重なっていく雪の粒に足を取られてしまわないように気をつけながら、つま先立ちをした。 「雪が……」  そして、俺の頭にも積もってるらしい雪を払ってくれた。 「ありがと」 「どう、いたしまして」  雪、降ってくれてありがとう。  おかげで、林田さんと手を繋げた。 「っぷは」 「?」 「鼻に雪」  どういたしまして。感謝してもらえたので、もう一つおまけ。  なんて言ってるみたいに、真っ黒な空から、落ちてきた雪が林田さんの鼻先に落っこちた。さすがに、それは取ってあげるよりも早く、その真っ赤な鼻先で溶けちゃったけど。  でも、きっと今、みんな大人たちからは、大ブーイングされてる雪に誰よりも感謝した。  きっと今、積もってくれーって空を仰いでるどんな子どもよりも、この突然の雪に、俺がはしゃいでた。
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