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第14話 はい、どうぞ

「……マジか」  昨日、雪が降った。  けっこうガッツリ。  けど。 「全然積もってないじゃん……」  帰り道、これは積もるかもね、なんて話ながら、林田さんと帰ってきたのに。  あの大雪は、あの飴玉みたいにでかい雪は、夢だったかもと思うくらいに跡形もなく消えていた。びっくりするくらいどこにもなかった。  そして、電車は通常運行。大学も、会社も、みんないつもどおりに動き始めて、いつもどおりに進んでる。  昨日、林田さんが雪に足を取られて転びそうになった歩道は砂利しかないし。ホームから溢れそうなくらいに人で混雑していた駅もいつもどおり。立ち往生して、困ったなぁとみんなが空を見上げた駅入口もいつもどおり。  ――やば! 車とか、真っ白じゃん。  ――本当。すごい。もうあんなに。  雪のせいか、真っ白な林田さんのほっぺたが真っ赤だった。ほら、雪国の小学校とかそうだったりするでしょ? あんな感じに。  ――明日、電車止まるかもね。  ――えぇ……。  林田さんは困ってた。仕事が溜まっちゃうと、水曜日が……って。  ――教えてもらうのに。  そう、ぽつんと言ってた。  受けたそう、だった。  まぁ、そうだよね。  タイミング的にちょうどいいし、ある、かもね。  ほら、バレンタイン。  今どき、バレンタインに愛の告白とか、あんまみんなしなそうな感じがするけど、林田さんならありえそう。  バレンタインだもの、って。  だから「授業」受けたいんだろうなぁって。 「……」  昨日、どさくさ紛れに手を繋いだ。  手、華奢だったな。  女の子みたいに小さいわけじゃないけど、細くて、繊細で。でもしっかりしてて。  俺、あの人と、手、繋いで帰った、よね。  なんてことを思うんだなぁと、ちょっと、考えた。  今日、雪は積もらなかったから電車は止まらない。俺もちゃんと大学行かないと行けない。きっと林田さんは仕事にいつもどおり行けたから、仕事も溜まらなくてさ。結果、明日、水曜日は残業しなくて大丈夫になる。 「授業」ができる。 「……」  林田さんに教えることになる。  好きな人にアピールする方法を。  林田さんと一緒にいたいって思うけど、教えたくない。  あの人に好きな人へのアピールの仕方を教えたくなくて、恋愛の先生なのに邪魔したくて。 「……」  ――ホ、本当だ……と、わあああっ、あ、あ!  ――あっぶな。  あの手が他の誰かを掴んじゃうのが、やだ、なんて思った。  そして、いつもどおりの朝、大学へ俺を運んでくれる電車に乗り込みながら、一つ、小さな溜め息が溢れた。 「なぁにぃ、私の後釜が見つからないの?」 「うわっ、レナちゃんっ!」 「!」  まだ講義は始まってない。っていうか、講義室の移動が今回なかったから、前の講義が終わってそのまま座ってたたところに、全く違う学部のはずのレナがひょこっと現れた。  レナは教育学部だから。 「今日建築、ここ使ってるなぁって思い出して来てみたの。いっつも、すぐに次の彼女ができるはずの翠伊ピがいまだにフリーって聞いて、なんかあったのかと思って」 「あはは、こいつの、そんな噂になってんの?」 「なってるなってる。飲み会にも現れないって」  二人が盛り上がってるのをチラリと眺めて、その話題の中心人物の俺が一番会話の端にいる感じ。 「あはは、飲み会の誘い、全然来ないよ。マジで」 「そうそう! どーしたのって言ってるよー」 「なんかね家庭教師始めたんだっつってさぁ。お隣さんのとこで」 「へー、お隣さんって、翠伊ピのとこ、家族向けじゃなくない? それにお隣って、おじー、」 「大沢っ」  口が綿菓子みたいフワフワな大沢の言葉を遮ると、レナがわずかだけど、一瞬、俺をじっと見てた。  レナとはそもそも友だちで、付き合ってる時も、その延長線にある感じで、気軽だった。別れるってなった時は別として、今、こうしてる感じは付き合う前の友だちだった時の感じに戻ってる。だからこんな話をしても大丈夫あのかもしれないけど。 「そっか、大変だねー。けど、もうそろそろそのカテキョーの子もお受験じゃん? それまで頑張れー」 「終わったら、速攻連れてくからぁ」 「おけー、バイバイ」  オッケーじゃない。  友だちでもあるし、元カノでもあるわけで。  ――私が、付き合ってって言ったから付き合ったんでしょ?  気まずい。  レナと付き合った時、その前の彼女にフラれてフリーだったからってだけだった。話しやすかったし、一緒にいて楽しかったし、じゃあ、いっかって感じで。  けど、レナは友だちだった時から俺のことが好きだったって言ってた。  だから、今の俺が、俺に告ってくれた時のレナだ。  林田さんにしてみたら、俺は、あの突飛なことを言い出せるくらいには話しやすくて、あんなふうに楽しそうに笑ってくれるってことは、そのくらいには一緒にいて楽しい相手で。  けど、林田さんは俺じゃないから、そんな適当な理由じゃ付き合わないんだろうな。好きじゃない人と付き合ったりなんてしない。楽しいから、気楽だからって理由だけじゃ、付き合ってくれない。  そんで、俺もさ。  ―― そのテンションがすっごいへこむの! 翠伊のそういうの優しいだけでさ。それって違う! じゃあね! バイバイっ!  バカみたいだけどさ。いや、バカ、だ。 「レナちゃん、元気じゃん」  あの時、レナが欲しかったものが今、すごいわかるから。 「翠伊?」  へこむ。  あの時、レナが俺から欲しかったものが、今、俺が林田さんから欲しいもの。  林田さんが同僚の奴から欲しいものでもあって、欲しいから、はいあげるってもらえるものでもないって、すごく痛感した。  はいあげるって、もらえるものじゃないって、痛感してる。
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