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第15話 上手くいかないものだよね。
上手くいかないものだよね。
レナのこと、可愛いって思うし、一緒にいて気が楽だったし、楽しかった。
林田さんにとっても、一緒にいて気は楽、なんじゃないかな。楽しそうにしてるし、幕内弁当食べてる時とかすごく笑ってたし。顔も、自分で言うの、どうなんだって思うけど、でも、そこまで悪くはないと思う。たぶん、きっと。
でさ、林田さんとさ。
付き合うこともできる、のかもしれない。
林田さんがこの後フラれた時とかに上手にタイミング掴んで、告ったら。
けど、それは俺の欲しいテンションじゃないってわかる。その低いテンションでレナと、その前、そのもっと前の彼女とも付き合っちゃったから。
俺が林田さんと付き合いたいって思うテンションと、雲泥の差がある、低いテンションで、俺は今までオーケーしてたってわかる。
だから、すっごい、今更だけどさ、レナには悪いことしたなって思う。
そんななら付き合う意味ないんだ。
そんなだったらOKなんてしないで欲しいんだ。
けど、それでも、OKが欲しいとも思ったりもして。
もしかしたら、そのうち自分と同じテンションまで来てくれるかもしれないって思ったりもする。けど、そのテンションにはならないだろうとも思ったりして。
ただ、一つだけ。
林田さんには笑ってて欲しいって思う。その同僚の奴と付き合っては、やっぱ、欲しくないんだけど、でも、林田さんが笑ってくれる方がいいって。
だから、明日、水曜も、レッスンはちゃんと――。
「お、来た来た」
「!」
「おっかえりー」
「は? おま、レナっ、なん」
びっくり、した。マンションのエントランス脇にある花壇のところ、生い茂る植物で見えなくなってるところから、ぴょんって、レナが飛び出して来た。
「びっくりした?」
ニコッと笑って、上半身だけ横に傾けると、長くてまっすぐで、毛先だけがくるっと、コの字にカールした髪が弾むように揺れた。
「いやぁ、さっきは次の講義があるから、急いでたし、大沢くんがいたからさ」
「……」
「……」
そして、お互いに少しの沈黙があって。
「……お茶、飲みたいんですが」
「え? 今?」
「うん。だって寒い。外でけっこう待ってたんだけど。帰ってくんの遅くない? 建築って、うちらより早く終わらなかったっけ」
「いや、課題やってたんだって」
「さーむーい」
いや、いや、勝手に待ってたのそっちじゃん。
時間はもう六時半。リナが大学終えて、のんびりここへ来たとしたって三十分以上は待ってたと思う。今日、すっごい寒いし。
「どうぞ」
「ありがとー」
エントランスを開けて、中へと案内した。
「けどさ、なんかさぁ」
「ここ階段、響くから、お静かに」
「なんか、雰囲気変わったね」
「……俺?」
「そ」
雰囲気、か。
「あとっ、カテキョ、お隣さんのとこでって言ってたじゃん? けど、お隣っておじーちゃんとおばーちゃん、じゃなかったっけ?」
レナは俺の部屋にも何度か来たこともある。付き合ってたし、付き合う前から、大沢や他の友だちと一緒ちょくちょく。
「んでさぁ」
「静かに」
鍵、どこだっけ。
「んで、反対側は確か……若めの男の人じゃなかったっけ?」
「んー」
「歳同じくらいの」
あ、カバンの中か。
「ね」
「?」
「今ってさ、翠伊ピ、フリーなんでしょ? じゃあさ、ヨリ、戻す?」
「……」
思わず、振り返った。
「フリーなら、ヨリ、戻す?」
「……」
「翠伊ピが優しい奴で、どんな時も、誰にでも優しいのって、やっぱすごいって思ったんだ。そんで、翠伊ピ以上に優しい奴、いないなって思った。だから、フリーならやり直そうよ」
「……」
今までならOKしてた。きっと、多分。レナは一緒にいて気が楽だったし、他の女の子よりも俺もけっこう素が出せたし。
けど。
「……ごめん」
「……」
「ごめん」
けど、今はOKできない。レナとは付き合えない。
「ホント、雰囲気変わったね」
「……? レナ?」
「わかったか?」
「……」
「今のさ」
俺はレナの欲しいテンションになれないから。
「今の翠伊ピがタイムスリップしてさ、私が告ったところに来たら、OKしないでいたんだろうね」
前の俺だったら。
「きっとちゃんと断られてたんだろうね」
誰に対しても優しくしてあげる俺だったら。
「けど、まだまだ甘いなぁ。好きな子いるんなら、元カノを部屋にあげたらいかんだろ」
「……」
「まぁ、その優しさはいっか。私も玄関先で追い返されたら、ちょっと泣くかもしんないし」
部屋にすんなりあげてた、かな。
あの紅茶も淹れてあげてたかもしれない。すごく香りのいい美味しいのをお隣さんからもらったからとか言って。
「わかったか?」
「……」
「あの時の私の激怒っぷり」
「……うん」
淹れてあげてた。けど、今の俺は、あの紅茶は淹れてあげない。あれは、林田さんからもらったから、大事に俺が飲みたいって思う。
この小さくて狭い独占欲は生まれなかった。
「すごい、わかる」
きっと優しいばかりの奴だったと思う。
「やっぱここで帰る」
「え? じゃあ、送る」
「あは、ありがと。じゃあ、それだけ頼もうかなぁ。駅からここ来る時、一箇所、けっこう暗いとこあるからさ……はぁ、なんかなぁ」
「レナ?」
「いやぁ、あの情報の子が今の私って感じなのかなぁと思うと、駅に送るくらいいーじゃんって思うからさぁ。難しいよね。立ち位置変わればさ、言いたいことも変わるから」
「……そうだね」
ホント。
「いい感じになるといいね」
「……そうだね」
上手くいかないものだよね。
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