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第18話 翠伊ピの初恋

 俺もバレンタインにチョコあげてみようかな。それと、すっごい王道だけど、そこで気持ち伝えたりして、みたりして。  あの人もほぼ同時に同僚に告白するかも知んないから、マジで玉砕覚悟で。  それもいいかもね。きっと、それでも。 「ねぇ、翠伊ピ」 「!」  俺はあの人のこと諦めきれずにいる気がする。 「最近、マジでどーしたの?」  あの人のことを考えながら大学構内のベンチで建築の本を読んでた。建築誌の一月号。今までは読んだことなかったけど。けっこうリアルタイムな情報が載ってるから、役に立つこと多いって思ってさ。 「めっちゃ勉強してんじゃん」  隣に座って首を傾げると、リナのお気に入りの毛先のカールが、弾むように揺れた。 「大学生なんで」 「えぇぇ? あの翠伊ピから信じらんない言葉っ」 「あのね」 「あははは」  明るく笑って、ショートブーツのかかとをコンと鳴らした。 「イケメン度急上昇じゃん。なんか、周囲ざわついてない? 最近の翠伊ピの男磨きがすごすぎて、女の子の間でけっこう話題だよー」 「そうなの?」 「うん。現役モデルやってる子、知らない? ほら、学祭で」 「あー……」 「あの子が翠伊ピ推してるって」 「……へぇ」 「あははは」  そこでまた軽やかに笑ってる。 「もうバレンタインじゃん? 告られちゃったりするかもよ」 「……いや、まぁ」  もしもそのモデルの女の子が告白してくれても、断るよ。っていうか、今は、どんな子に好きだって言われても、断る。 「ふふ」 「? リナ?」 「頑張れよー、初恋」 「はい? いや、全然」  初恋じゃないからって言おうとしたけど。 「じゃーね」  リナはまたかかとを軽やかに鳴らしながら立ち上がると、お気に入りの毛先を踊らせながら手を振って立ち去った。 「……」  初恋、じゃない、んだけど。  でも、まぁ、こんなに自分が変わったのは初めてだな、とは、思った。 「ね、林田さん、今度の週末、用事ある?」 「ひへ?」 「デート」  林田さんが目を丸くした。 「の、予行練習」 「ぁ……」  わかってるって。林田さんが本当にデートしたいのは同僚の奴だって。 「ほら、いっつも部屋で素振りの練習じゃさ」 「す、素振りじゃない、し」  でも、ほぼ素振りに近い、スイング式のボディタッチ。しっかり正座して四角く座っちゃう人だから、どうしても自然にタッチするのが難しいらしい。しかも、最近、リズムがついちゃって、会話の合いの手みたいに、会話と会話の間にポンって手拍子みたいにタッチするようになってる。おかしいけど、それが可愛くて、そのまま見守ってる。  いいなぁって思いながら。  貴方がこうしてポンポンって触れる度に、いつか、こうして同僚に触って嬉しそうにするんだろうなぁ、羨ましいって思いながら。 「だから外でさ、ちょっとシチュ変えてみるのもいいし。そしたら、もう少しナチュラルに色々できるかもしれないじゃん」  わかってます。  林田さんがデートしたいのは同僚。  けど、俺も、デートしたいんだ。貴方と。  だって、好きなんだ。貴方のこと。  だから、理由をくっつけて俺は貴方とデートがしたい。  かっこいいなって、ちょっとでも思ってもらえたらラッキー。一緒にいたらすごい楽しい、って思ってもらえたら、ガッツポーズ。  貴方に、俺はどうですか? ってアピールするつもり。  俺は、俺で、これ、大事にしたいんだ。 「映画とか、レジャーでもいいけどさすがに同僚をいきなり誘うのはないじゃん。カプになればありえるけど、まだその前でしょ」 「……ぁ」 「なので、これ、観に行こうよ」 「……」 「イチオシのアニメ」 「!」  恋愛系の映画は、カプであれば見るかもしんないけど、好きじゃないって人もけっこういるでしょ? アクションも面白そうなのあったよ。すっごい有名な俳優がめっちゃ出てて、とりあえず知らないことはないと思う。それに、このアクション映画なら、たぶん、一番誘いやすいと思うよ。 「んで、林田さんが好きな人を誘う時は、こっちにしたらいいよ。面白そうだったから、ハズレなしって感じ」 「……ぁ、の」 「で、俺とはその予行練習兼ねて、こっちのアニメ」  同じ映画を二回観るのは退屈でしょ?  だから、本命の映画はとっておいてさ。予行練習はこっちのアニメ。 「ね?」  けど、本当は、絶対にこっちの方が面白いと思うんだ。  アクション映画も面白そうだったけど、こっちが俺の本命でイチオシ。去年、リナと映画を観に行った時に、宣伝で見てすごく気になってた作品。  荒廃したどこかで突然動き出したロボットが、世界を堪能して、少しずつ少しずつ、生き返っていくお話、なんだって。ナレーションのまんまだけど、そのロボットなのに「生き返っていく」っていうフレーズが印象的だったんだ。  ね? 面白そうでしょ? 「いかがですか?」 「! い、行きます! 行く!」  ――ギュ。  ポン、じゃなくて、ギュ。  林田さんが新しい恋愛レッスン内容に興奮したのか、いつもの四角く真面目なスイング式のボディタッチじゃなくて、ギュって、俺の服を掴んだ。 「じゃあ、土曜日、お昼前でいい?」 「は、はいっ」  そして、目をキラキラに輝かせてる。  きっとその同僚と映画を観に行く時を思ってドキドキしてるんだろうな。  それでもいいんだ。  俺は、俺のこの「初恋」を大事にしてる。  貴方が頑張るみたいに。  俺も頑張るんだ。  一番決めて、一番オシャレして、できる限りカッコよく見えるようにしよう。  貴方にとってはデートの予行練習だけど、俺にとっては片っぽだけ本命テンションだけど、それでもデートだから。 「じゃあ、決まり」  俺にとってはデート、なんだ。
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