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第19話 予行練習

 一番のコーデにした。髪型もめちゃくちゃ気合い入れた。  靴は白にした。  今までで一番、いい感じにした。  玄関を開けて、じっと、お隣の扉を見つめる。もう林田さんは出かけた後なのかも。早く行ってそうじゃん。あの人なら。  駅で、真っ直ぐ「気をつけ」の姿勢で待ってそう。  待ち合わせにした。部屋、隣だけど、あの人にとっては「予行練習」だから、ちゃんと待ち合わせた方がいいと思って。十時に映画館のあるでかい駅のとこ。  ちゃんと本番みたいに。  俺にとってはこれが本番だけど。 「……」  ほら、やっぱ、先にいた。  きっと本番もあんなふうにぎゅっとつま先まで緊張させたまま待ってるんだろうな。まるでオブジェみたいにじっと動かないまま、同僚が来るのを待って――。 「林田さん」 「!」  来た瞬間、ほっぺたをピンクにさせて、大きな瞳をキラッキラに輝かせながら。 「やっぱ、早い。何時からいたの?」 「あ、えと……九時頃から」 「はやっ」  一時間も? 「でも、いろんな人が駅を行き交うのを眺めてたから全然大丈夫」  いいなぁ。  この人に待っててもらえるなんて。すっごい緊張して、ドキドキして、デートに楽しそうにしてくれるなんて。  いいなぁ。 「それに、他のデートの人たちを見て観察したりもしてたので」 「九時から?」 「うん。だから、全然、あっという間、だったよ」 「そっか」  この人と本番のデート、できたらいいのに。 「あ、の……酒井、くん」 「?」 「あのっ、今日はっ、ありがとうっ!」 「……」 「夜、アルバイトあって忙しいのに、昼間ゆっくりしたいはずなのに、時間作ってくれてありがとう」  全然大丈夫。 「どういたしまして」 「! あ、あとっ」 「?」  だって、俺にとってはこれが本番だから。全然、こっちこそ、ありがとう、なんだ。 「あと、とっても、あのっ、かっこいい、です」 「……」 「っ、って、あ、ああの、こういう時、その、相手のこと褒めたり、した方がいい、のかなって……思って」  ここで一時間待ちながら、他の、本物のカップルが待ち合わせ場所でしてた会話を真似してるのかな。  あーあ、いいなぁ。 「褒められて嬉しくない奴、いないよ」 「!」 「だから、めちゃくちゃ褒めてあげるといいよ」  俺も、この人に。 「め、めちゃくちゃかっこいいです! その、酒井くんはいつだって、全部、丸ごとっ」 「語彙ぃ」 「あああ! ごめっ、すみっ」 「けど、きっと本人目の前にしたらもっとたくさん出てくるんじゃないかな」 「……」 「そのまま、思ったまんま褒めてあげたらいいと思うよ」 「……う、ん」  この人に、めちゃくちゃかっこいいって思われたいなぁ、なんて、思った。  けど、きっとこの人が本当にめちゃくちゃかっこいいって思うのは、その同僚でさ。その同僚だったら、きっともう感動しちゃうくらいにこの人はたくさん言葉に表すんだろうなって、そんなことを思って、今日、かなり気合いを入れてセットした髪をかきあげた。  選んだ映画は長編のフルCGアニメーション。ひとりぼっちのロボットが本来なら主人がいて、その主人に仕えたり、その主人のために働くんだけど。この世界にはその主人になる「人」が一人もいない。そんな荒野で目を覚まし、世界を覚えて、新しい人類みたいにそのひとりぼっちの世界でいろんなものを見つけていく物語。 「ずび……ずうううぅ、びぃ……ずび」  新発見。 「ずびい、い、い、い」  大きな瞳からだと、溢れる涙も大粒って、知った。 「平気?」 「平気でずっ、ずびぃぃぃぃ」 「はい」 「? え、ひゃえっ、えええっ、だ、大丈夫っ、ティッシュもハンカチも持ってるから」 「そ?」 「完備してます! それに、泣いてごめんなさいっ、なんか、泣きすぎで」  確かに、泣きすぎて、映画館が明るくなった時、隣の席の人、すっごいびっくりしてたっけ。  でも隣で肩震わせてまで泣いてたら、ちょっと見ちゃうかもね。大号泣だったし。  その完備って言い方が林田さんっぽくて笑った。笑った俺を見て、鼻のてっぺんまで真っ赤になってた林田さんのびしょ濡れのほっぺたがなんか可哀想で。 「……けど、はい」  拭いてあげたかったんだ。  だから、自分のハンカチで優しくそっと頬を撫でた。真っ白で柔らかそうなほっぺただから、痛くならないようにそっと、そーっと。 「大人なのに、こんなに人前で大泣きしてっ、恥ずかっ、しっ」  林田さんなら泣きそうだし。あのロボットが野うさぎを撫でたところなんて、俺も感動したし。「アタタカイ」のあのセリフとかもさ。 「大人でも感動したら泣くでしょ」  だから恥ずかしいことじゃないし、謝んなくていいし、顔隠さなくていいよって、俺は笑って、この人の濡れたほっぺたを拭った。 「本番の時はさ」 「……」 「アクション映画だから、こんなに号泣しないと思うよ」  そして、俺を見上げて見つめる黒い瞳がキラキラしてて、濡れてるからかな、艶っぽくてさ。  キス。  したいって思っちゃった。 「逆にカーアクションとか銃撃戦で、びっくりして飛び上がったりしないようにしないとだね」  キス、できたらいいのにって、思っちゃった。
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