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第20話 羨ましいな。欲しいな。

 映画館から少し歩くけど、有名なうどん専門店があるからそこでランチにすることにした。  ご飯ものもあるし、雰囲気良さそうだし。  テレビでも紹介された店だから、話題になりそうじゃん。 「あ、ここだ」  映画館を出て、左に真っ直ぐ歩いて五分。緊張して道案内ができないかもしれない林田さんでもきっと迷子にならずに辿り着けると思う。 「わ……なんか、かっこいい」 「ねー、外国の人も訪れるんだって」 「そ、そうなんだ」  一階がカフェでランチもできるみたいだから、好みで一階にしてもいいかもしれない。  その同僚の好みで。  うどん屋は階段を上がった二階にある。ちょうど、本当に外国人の四人グループが同じうどん屋に入っていった   お昼を今日みたいにズラしたりすれば、並ぶことなく入れると思うよって、教えてあげると、一生懸命に頷いてた。  中はピークのランチタイムをすぎても人がけっこういて賑やかだった。中央にうどん屋さんとは思えないかっこいい竹細工のオブジェがあって、それを柱にアイランドタイプの厨房があって、イケメンの店員が忙しそうに動き回ってる。その周りをまたぐるりと囲むように、カウンタータイプのテーブルが並んでる。普通のテーブル席は和紙で仕切られていた。ワイヤーで作ったフレームに和紙が貼られてるからか、狭い印象にもならないし、かといって、個々のテーブルのプライベートも確保されてる。見た目もオシャレだ。カウンターなら調理の様子を見ながら待っていられるから、お客さんも飽きないかも。あと、竹細工のオブジェがとにかくかっこいい。 「すごいな、酒井くん」 「?」  和だけど、スタイリッシュで、こういうセンスいいなぁって眺めてたら、ポツリと林田さんが呟いた。 「ぁ、の……前に、酒井くん、建築の勉強してるって言ってたでしょ」  言った。あのマンションの作りが上手いって話をしたことがあった。 「多分、今も、その建築のこと考えてるのかなって思った。あの、すごく、かっこいいなぁって」 「……」 「あっ! いえ! あの、優秀なんだろうなって思って、そのかっこいいって、いうのは、その、頭良さそうだしっ、だからっ、えっと」 「ありがと」 「!」  デート、林田さんにとってはこれは練習。本番は何を話すんだろう。仕事のことかな。 「あんま優秀じゃないけど」 「そ、そんなことっ」  同僚なら同じ職場だし。じゃあ、もっと大人の会話なんだろうな。 「けど、最近は大学、頑張ってるかも」 「そうなんだっ、すごい」 「いや、今までがだらしなかっただけ」 「そんなことないよっ」 「今はね」  だってこの人に見合うようになるためには大学だって、ちゃんと頑張んないとでしょ。 「今は、ちょっと認められたいっていうか」 「……ぇ」  貴方に。 「ちょっと、釣り合うようになりたいって思ったりすることがあって」 「……ぁ、そう……なんだ」  なんでも頑張る貴方と釣り合う男になれるように。 「だから、頑張ってるんだ」  いつか。 「あ、っていうか、うどん、どれにするか決めた?」 「あ、うんっ」 「あ、ここさ、テレビでも紹介されたんだって。ほら、ここに書いてある」 「本当だ、すごい……」 「だから、話題にもなりそうじゃん? デートの時」 「ぁ、うん……」  いつか、でいいかもって思った。いつか、あ、いいかもって、思ってもらえるように、それまでは友だちで、恋愛家庭教師で、隣にいてもいいかなって思った。  諦めない片想いは、マジで人生初かも。 「あのっ、本当にっ、ごめんなさいっ」 「いや。全然謝らなくていいし。俺も楽しかったから」 「でもっ」  気がついたら夕方になってた。映画観て、号泣しちゃった林田さんとうどん食べて、その後は街中をブラブラしながら、いろんな話をしてた。  途中本屋に寄ったら、建築の本を林田さんが見つけて、ちょっと覗いてから、ちんぷんかんぷんだって驚いてた。こんなことを勉強してるなんてすごいって、褒めてもらった。  全然、すごくはないんだけど。  それから、林田さんの仕事を教えてもらった。製造業なんだって。そこの在庫管理をしてるんだそうです。なんか、そっちの方が難しそうって言ったら、全然です! って力説された。同僚はどんな仕事なの? って、聞いたら、少し戸惑いながら「営業?」って言ってた。なんで疑問形? って訊くと、ほっぺた赤くしながら笑ってた。  雑談。  けど、でも、すごく楽しくてあっという間で、気がつくと時間経ってた。もうバイト行かないといけない時間になってて。 「本当に遅刻は大丈夫?」 「うん。平気。帰り送れないけど」 「全然! 僕のことは気にしなくていいからっ、本当にごめんなさい。僕、話に夢中になっちゃって。アルバイト、頑張って」 「林田さんも帰り、気をつけて」  本番はきっともっと楽しいよ。 「それじゃ」 「あの!」  本番はもっと長く、その同僚の営業マンと一緒にいられるよ。 「あのっ、本当に本当に、楽しかったです! 忙しいのに、ありがとうっ!」 「俺も楽しかった。ありがと」 「!」  いいな。 「じゃあね、林田さん」 「うん」  羨ましいな。欲しいな。 「い、行ってらっしゃい」 「はーい」  この人と本番デートしたいな。  そう思いながら、手を振った。  こんなふうに思ったのって初めてだって思いながら、楽しかったけど。本番じゃないから楽しくなかった。予行練習デートに溜め息をついて、もう一回、もうヘアスタイルを気にしなくていいから、雑に前髪をかき上げた。
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