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第25話 舞い上がれ
――僕、のっ…………テンション。
そう言ってくれたことに、こっちこそ、テンションが飛び跳ねる。
「あのっ、僕っ」
それは舞い上がった風にあっという間に空高く飛んでいく桜の花びらみたいに。
自然と夜空に手を伸ばして届かないかなって、追いかけたくなる花火みたいに。
真っ青に晴れ渡った快晴の秋空に響く音だけの花火みたいに。あるじゃん、運動会とかさ、お祭りの時にそれを知らせるための、火花のない音の花火。あれが聞こえた時みたいに、テンションが上がった。
わーって。
きゃーって。
うわーって。
テンションが上がって。
「あの、あのっ」
わーってさ。
「あのっ」
「……うん」
「僕も、好きィィっ、うわっ、はっ、あっ! 声、裏返っちゃった」
「っぷ、うん」
思わず笑った。だって「好き」の声がひっくり返ってるって林田さんらしすぎて。
「あぁっ、もうっ、あのっ、えっと、伝わり」
「うん。好きって、言ってもらえた。マジで? 嘘みたいなんだけど」
「そ、それは、僕の方こそ、でっ、だって、あの、ほ、本当にっ?」
「本当です」
答えながら、つい笑っちゃうんだけど。だって、林田さんが俺が答える度に狼狽えて、その度に、真っ黒な癖っ毛がふわふわ、ぴょんぴょん踊ってるから。
その慌てふためく手をそっと、けど、ちゃんとぎゅっと握った。
昨日とは違う、ちゃんと優しい体温に戻った、林田さんの、手。
「熱、もう大丈夫?」
「あ、うん。あの、もう、全然、風邪じゃないし。あの、だから本当にマフラーのせいじゃなくて」
でも昨日と同じくらい真っ赤な林田さんのほっぺた。
「も、ももも、もう元気ですっ」
言葉がめちゃくちゃつまづいてるし。
「そういえばさ、あの、稲田さんって人と話してる林田さん新鮮だった」
「ひゃえっ!」
「なんか、適当感があって」
「あ、だって、あのっ、同僚だからっ」
「普段はあんな感じ?」
しまった、とんでもないところを見られてしまった、これは、本性がバレてしまう。も、もしかしたら、本性を知って幻滅されてしまうんじゃっ! こ、これは困った。どうしよう。
そんな顔してる。表情ひとつに、そんなすっごい長文出てきたけど、でも、本当に、そんな感じの顔してた。
「稲田ぁって……」
「ひぇ……」
あぁ、どうしよう。
「あ、あれは」
すっごい困った顔してる。
平気かな。この人、嘘とかつけなさそうなんだけど。ちゃんと社会人としてやってけてるのかな。嫌いな上司が来たら「あぁ、好きじゃない上司が近くに来ちゃったよー」って顔、してない? 平気?
あー、でも、このくらい素直なら浮気とかしたら一瞬で見破れそう。
んー、けど、浮気が即わかるのも、やだな。
っていうか、浮気とか……。
でも、俺のこと好きだって気がつかなかった。
じゃあ逆に隠すの上手なんじゃん?
それはそれで、浮気とかがわからないのも……どうなの。
そんで、俺の頭の中、すごい散らかってる。今、この人が俺のこと好きって分かって、どうしたんだってくらい大はしゃぎしてる。
訊きたいこといっぱいあるんだけどな。
今は好かれてた、ってことで、満足すぎてさ。
「ねぇ、翠伊ピって」
「はぎゃ! あっ」
ほら、最高に困った顔。
「俺のこと、もしかしてさ」
そうだったら、こっちこそ、嬉しすぎて、どうしようって困るんだけど。
「ひいっ」
「いや、だって、好きな人を誘惑したいって言ってたじゃん」
その好きな人、が、俺なら、俺を誘惑したいって、本人を目の前にして言ってたってこと?
誘惑の仕方を教えてくれる相手のこと誘惑したいってこと、でしょ?
「む、無理だって思ってたから……」
そう小さく呟いて、まだ布団の中にいる林田さんがもっこもこな掛け布団をぎゅっと握った。
「酒井くん、彼女がたくさんいた、し。僕なんかがって思うし。そもそも性別からして、恋愛対象外だし」
「……」
「だから、付き合うとかは到底無理ってわかってたから」
「……」
「それでも、一度くらいならって、だって、大学生、でしょ? 何年生なのかは、わからないけど、でも、もう数年、お隣にいた、から、もしかしたら、そろそろ就職で、そしたら引っ越しちゃうかもしれないって思って」
「すご、よく知ってんね、もうここに数年住んでるって」
「あああああっ! ごめっ、ごめんっ。ストーカーじゃっ、あのっ、数年前に、一度話しかけてもらった」
「へ? あ、もしかして」
肩をぎゅっとすくめたまま林田さんがコクンと頷いた
「サイダーのプリン、もらった、時」
「一年の時の?」
コクコクって小刻みに頷いてる。
「あの時、かっこよくて、優しくて。あの時、一目惚れ、しました」
「……」
「お、落ち込んでた、んだっ、会社で、まだ入ったばかりで、慣れない仕事に毎日、戸惑っちゃって。声、も、小さいって怒られて、そしたらもっと失敗が多くなっちゃって」
その時に、階段のところですれ違ったとてもかっこいい大学生が話しかけてくれた。
――すみません。怪しいものじゃないんすけど、プリン、食べません?
そう言って、サイダーのプリンっていう、謎のプリンをくれた。
「あ、あの時は、ありがとうございますっ」
「あ、いや、全然、俺は別に」
美味しかった。シュワシュワしているのに、どこかクリーミーで。斬新な組み合わせだなと恐る恐る口にしたけれど、濃厚なバニラ香るクリームソーダーみたいで。
「すごくすごく美味しかった。お、お礼、言いたくてっ、朝、出るところを伺ってみたり、帰りとか、待ってみたり」
「……」
「ご、ごめっ、でもマンションでだけだからっ、外では全然、尾行しない、からっ。それで、よく見ると、どんな人にも笑顔で話しかけてる、良い人だった。そしたら、もっとずっと、どんどん好きになって、ました」
「それで、卒業間近かと思った?」
「う、ん」
「え、じゃあ、ランジェリーは? 風でって」
「あ、あれは」
あぁ、これを言っても良いのだろうか。引かないかな。やっぱりストーカーじゃないか、怖いなって思われないかな。気持ち悪がられたりしないかな。
大丈夫かな。
そんな顔。だから。
「引かないし、怖いって思わないよ、気持ち悪いとも思わない」
「!」
「教えてよ」
「と」
「と?」
「飛んでけって」
あの日は北風がとても強くて、寒くて、寒くて。
「思って、神頼み、した……その、あの日はすっごく風が強くて、僕、わざと隣に干して。もしも、もしも万が一、何か洗濯物が飛んでったら、それをきっかけにできないかなって思って。でもでもっ! 希望したのはっ、タオルとか、ハンカチとかでっ。なのに、飛んでったのが、まさかの、アレで……。その前の日、元気になりたくて、また仕事失敗して、気分転換っていうか、その履いたから洗濯して。それが飛んでくとは思ってなかったんだ。洗濯バサミでしっかり留めたし。だから、どうしようかとすごく迷って」
空高くまで飛んでけ、テンション。
「けど、これはもしかしたら神様が応援してくれたんじゃないかとか、思って。僕、あのっ」
空高くまで、飛んでけ、パンティー。
「っぷ、あは」
「ああああ、あのっ」
「やば」
ぎゃー、やっぱりやばい人って思われた。
そう、林田さんが考える前に、捕まえた。
「予想以上におかしくて可愛い」
「!」
捕まえて。ぎゅって捕まえて、腕の中に閉じ込めた。
「っぷは」
ガッチガチになってる。
「林田さん」
「は、はひ」
「すごい好き」
「!」
やばいな。
これは俺も舞い上がって飛んでっちゃいそう。林田さんも恥ずかしさに飛んでっちゃいそう。だから、しっかり掴まってないと。
「あ、あ、あああのっ」
「?」
「あまり近づかないでくださいっ」
「?」
「お、お風呂、入ってないからっ」
「うん」
「うん、じゃなくてっ、はぎゃーっ!」
「俺も入ってないよ。っていうか、バイトから帰ってきたまんまじゃん。ごめん」
「酒井くんは大丈、ぎゃー! 頭に顔近づけないでください」
「えぇ?」
「頭、洗ってないですっ」
「っぷ、あははは」
けど、林田さんも飛んでっちゃいそうなんだ。
「ぎゃー! 首筋もダメですっ」
だから、ぎゅってしっかり捕まえてた。
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