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第27話 答え合わせをしてみましょう。
外はめちゃくちゃ寒いけど、寒くなかった。
午前中の、キンと冷えた空気になんか清々しさすら感じた。
浮かれテンションってすごいなと思った。
「き、緊張したよ! だって、好きな人に触ってみろって言われて」
「あはは」
「もう心臓止まりそうだったんだ」
「心臓のついたロボットみたいだったよ」
「そ、そんなに? 変だった?」
「変だった」
ツッコミ強めロボットだったって言ったら、なんてことだって顔してる。
北風に飛ばされて不時着したセクシーランジェリーをお守りに、女の子みたいに好きな人にアピールする方法を教えてくださいって頼んだ。その時は心臓が破裂するかもしれないって思ったんだって。
―― 当たって砕けていいんです! でもっ、諦めるなら、精一杯頑張ってから、諦めたくてっ。
そう言って当たりたかった相手は俺だったなんてさ。
――その人、すごくおモテになられてて。
おモテになられてたのは、俺。付き合ってはフラれ、また告られては付き合って。それを繰り返してただけなんだけどさ。もちろん、宅デートも何度かしてたから、お隣にいる林田さんはそれを見かけてた。
「あ、明るい人って言ってた。優しいって」
コクン、と頷いて、俺を見つめてる。……まぁ、当たっては、いるけど。明るいし、まぁ、優しいとは、よく言われるし。優しいだけだって。
それにすごくかっこいいって言ってたっけ。どんな相手なんだろうって思った。確かに、難しそうって。だって、彼女がいるってことは恋愛対象が女の子なわけで、ゲイ、とかじゃないんだろうから。告白はできても、それが叶うのはかなり難しいと。
―― わ、わかってるんです! 男で、しかも普通で、だから叶うわけないって! でも。
思い返すと、ちょっと……どころじゃないかも。かなり、けっこう、くすぐったいかも。
だって、そんなに一生懸命頑張るのってすごいなって思った。頑張れって、素直に思ったし。いつの間にか、その相手のことを羨ましいとさえ思ったんだ。この人にこんなに一生懸命に思ってもらえて、羨ましいって。
その、俺が羨ましがってた相手が俺だったなんてさ。
「恋愛対象が同性ってこととか、下着のこと、打ち明けた時、酒井くん、否定しなかったでしょう?」
「あ、うん」
「男性が好きって打ち明けたら、別に、驚かないし、怖がらないって。気持ち悪くないですか? って訊いたら、なんで? って聞き返してくれた。あの時、本当に、本当に嬉しかった」
――あ、あのっ!
「あの時、当たって砕けてもいい、頑張ろうって思えた」
「……」
「この人に好きって言いたいって思った」
俺はあの時。
「マジでちっとも変とか気持ち悪いとか思わなかったよ。面白いこと言い出す人だなぁとは思ったけど。あと、真っ黒でふわふわしてる癖っ毛が、なんか、トイプードルみたいだなって」
「と、トイ」
「そんで、すぐに変な声あげて」
「はひ!」
「そう、それ。あと、マジでなんでも一生懸命で」
「!」
「優しくて、いつでも、なんでも丁寧でさ」
「僕、が?」
「一緒にいると楽しかった」
マジで、すごく楽しかったんだ。
「あの、幕の内弁当の時さ」
「?」
「俺、幕の内弁当が林田さんに似てるって言ったじゃん? あれ、マジで変だけど、色んなおかず食べられるでしょ? なんか、それが林田さんに似てるって思ったんだ」
「……」
「笑ったり、びっくりしたり、コロコロ表情が変わって目が離せないっていうか」
多分、きっと、もうあの辺から惹かれてたって思うんだ。だから、けっこう最初から、きっと俺はこの人のこと好きだったと思う。
「ぼ、僕っ、あの時はっ、欲張りって言って」
「あ、言ってたね」
「あれは、そういう意味で」
「?」
「酒井くんのこと、見てるだけじゃ飽き足らず、声かけちゃって、あんなこと言い出したりして。でも、少しでも話したくて。お弁当持参してみたり」
言ってた。
―― ぁ……僕……欲張りなので……。
幕の内弁当を食べた時に、唇をキュッて結びながら。
―― 本来なら、その、好きって思っちゃっただけでも、相手に、してみたら、もしかしたら迷惑かもしれないのに。
そう言ってた。
―― 当たって砕けてもいいなんて言うなら、このまま片想いで。
そうとも言ってた。俺は、好きなら付き合いたいじゃんって答えて。その答えに、パッと顔を上げたんだ。そんで、俺はもったいないよって思った。こんなに。
「俺、林田さんのこと、可愛いって思ったよ」
「!」
「欲張りって言ってた林田さんのこと、可愛いなって」
「!」
ふわふわな癖っ毛が、今、なんか踊るように、ふわっとした。まるで風に? テンションに? ふわりと踊った。
「だから、相手のことをさ、どこの部署? とか訊くと、毎回ちょっと困ってたんだ」
「う、うん。その同僚じゃなくて、お隣、だから
やっぱ、嘘下手っぽい。笑っちゃうくらい、今、本当のことを打ち明けられてホッとした顔してる。
「あと、僕、か、彼女、いると思った」
「? え? 今?」
コクコク頷いてる。
「こ、この前、髪の長い、すごく可愛い」
「あ、リナ」
「マンションから出てくるとこ、見て」
「それ、うちにからかいに来た時だ」
そうなの? って首を傾げてる。
「なんか、俺、よく優しいばっかって言われて、フラれて、そんで、飲み会とか行ったら、そこでまた告られて。また付き合ってって、そんなの繰り返してたんだけど」
じっと、俺を見つめてる。
「最近、飲み会も参加しないし、次の彼女できないし、どうしたんだって」
「……じゃあ、あの時は」
「そう、それで、好きな人がいるんなら、部屋に元カノあげちゃダメだろって言われた」
「元」
「で、駅まで送ったところだった」
見つめて、ほっぺたを赤くした。嬉しそうに、してる。
「ぼ、僕、またカレー、今度は甘口作ろうと材料買いに行ってて! 戻ってきたところでっ」
「そうだったんだ」
「そしたら、マンションから出てきた二人を見て、あ、って」
あ、新しい彼女、って思った。
「違うよ」
「!」
「俺、あの時から林田さんのこと好きだったし」
「!」
ほら、真っ赤。
他にもあるよ。デートの時は、予行練習って思ってたし。
「じゃあ、この間の映画の時は?」
「あ、えっと、僕は、最初で最後の、デートって」
好きな人とどんな理由でもいいから、ついに叶ったデートだって。
「っぷは」
きっと他にもたくさん、小さなところで、好きがお互いに向かってるのに、当たってるのに気が付かないまま。ズレまくってたんだ。
「俺は、いいなぁ、この人とデートできる奴がいるんだって思ってた」
「! そ、そんな」
「羨ましいって思った」
「!」
俺がデートしたいんだけどって思いながら、何度も何度も。本番の時はこうしたらいいよって話してた。林田さんに教えてるようで、自分に言い聞かせてた。
俺にとってはデートだけど、この人にとっては予行練習なんだからあんま浮かれるなって。
「いいなぁ、キス、したいなぁって」
「!」
「素直に感動したら泣いて、美味しそうにうどん食べて、楽しそうにしてくれる林田さんに」
「ぼ、僕はっ」
「キス、したいなぁって」
「!」
そう思ったんだ。
キュッと結んで何かをこらえてみたり、自分のことをちゃんと打ち明ける強さがあったり、笑って、泣いて、優しい声で話しかけてくれる、その唇はどんななんだろうって思った。
「……」
どんな柔らかさなんだろうって。
触れたいなって。キス、したいって。
そう思いながら。
「……こ、こここここ、こ」
「あは、めっちゃ真っ赤」
「だってててててて」
どんな柔らかさなんだろうって思ったんだ。
けど、やっぱ、林田さんって感じ。
手を掴んで引き寄せたら、もう、カッチカチで。
「あはは」
「キキキキキ」
キス、したら、世界一硬いんじゃないかと思える唇だった。
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