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第29話 宝物
意外にアグレッシブなんだよね。あの人。そこの、なんていうか予想外な感じがまたいいなぁっていうか。
「おーい、翠伊ピい、今日の模型制作、残ってやって……どーしたん、顔」
「? 何」
「ニヤニヤしてて、気持ち悪いよ」
大沢がものすごく怖がりながら、そっと、そーっと、隣の席に座った。
「何、なんか、食べた? 酒飲んで大学来てんの?」
「食べてないし、酒も飲んでないよ」
――じゃ、じゃあ、アルバイト、頑張って。
――うん。あ、ねぇ、桜介さん。
――は、はひぃ!
名前で呼ぶと、まだ全然慣れてないからか、毎回変な声で返事をするのが楽しかった。
日曜日は一日一緒にいたんだ。朝飯にパン食べて、それからお互いの片想いのすれ違ってたところを、まるで答え合わせするみたいに確かめ合って。
――今度の水曜さ。
――!
――もう、レッスン、必要ないでしょ。
毎週水曜は講義が一つない。桜介さんはノー残業デー。だから。
――デート、しようよ。
予行練習じゃなくて、本番の。
そう言った。
――ぜひっ!
一番元気に返事をしてた。ほっぺた染めたまんま。なんすか。あの、可愛い生き物。マジで。
「…………見つけた」
「はい? 何?」
「前に、大沢が言ってたじゃん」
――翠伊ピの真実の愛はどこにあるのかねぇ……。
「見つけた」
「え? まさか、真実のっ……わ、なになにっ、声に出すの恥ずっ!」
そう言って、バタバタ暴れてる大沢に少しだけ笑って、長デスクに肘を置くと、寝そべるように顎を乗せた。
真実、かはわかんないけど。
でも、確かに、今までと違ってる。
「それでそんなにニヤニヤしてたのかよぉ」
こんなに会いたいって思ったの初めてなんだ。
こんなに、口元が緩んじゃうのも、初めてで。
「ふは」
勝手に、笑っちゃうのも初めてなんだ。
確かに今までと違ってる。勝手に緩む口元も、勝手に綻ぶ顔も、けど、一番違うのは――。
「男同士……セッ」
クス、で検索。
今までとはさ、相手の性別が違う。さっき、大沢に話した時も、きっと今までだったら「カノジョ」ができたって言ってただろうけど。
カノジョ、じゃないから。
桜介さんは、彼氏、だから。
だから、その、セックスの時、しかたが違うでしょ。なんとなくは知ってるけど、なんとなくしか知らないから。
「……そっか」
ちゃんと調べないと。
「……」
桜介さんとのセックスのしかた。
色々、やっぱ準備が必要なんだ。そりゃそうだよ。多分、薬局にあるっぽいから、じゃあ、今日、買って帰ろうかな。マンションのとこだと薬局ないし。あるけど、遠い。ここ、大学だったら駅前にあるから、そこで。って、まだ早い?
それでなくてもあの人、全部初めてでしょ?
今の時点でもうキャパ超えてそうじゃん。名前呼びだけで、あんなに飛び上がってるし。キスだって、ぎゅっと唇結んで緊張しまくってるってわかるし。
「すーい、ピ」
歩きスマホはダメだけど。次の講義まで一コマ開くから、模型の製作でもしようかなって、製作室へ向かおうとしていたところだった。
後ろから肩をポンって叩かれた。
っていうかさ、俺のそのあだ名? 呼び名? 流行ってんの? そもそもリナしか言ってなかったんだけど。大沢が最近、デフォでその呼び方をするようになって、今、また。
リナじゃない。
けど、女の子。
「こんにちは」
知ってるけど、知らない人。
「……こんにち、は」
「あはっ、めっちゃ背高ーい」
うちの大学ではかなりの有名人。
――現役モデルやってる子、知らない? ほら、学祭で。
そう学祭は、もうこの子のオンステージって感じだった。学祭って学生全員のためのもののはずなんだけど、親衛隊? ファンクラブ? みたいなのができちゃってて、そこが学祭運営委員になってたらしくてさ。ポスターも、この子が写ってて。
「あー……」
思わず、あの時、リナが教えてくれた時と同じリアクションになった。
――あの子が翠伊ピ推してるって。
そう、言ってたっけ。
「ちょっと遅刻なんだけど」
「?」
「あ! 私、情報のぉ、世莉(せり)って言うの。知って、たり、するっ?」
そこで、世莉が、首を傾げて、キュルン、って擬音が付きそうなくらいに肩を小さくすくめた。
「あのっ、そう、ちょっと遅刻なんだけど、チョコ」
「……」
「バレンタインだから」
それは高級そうなチョコレートのギフト。多分、デパートとかで売ってる、有名なやつ。
――あの、チョコレートのドーナツ。あの、すごく、美味しいらしいから。
桜介さんがくれたチョコレートドーナツ、めちゃくちゃ美味しかった。チョコレート生地がしっとりしてて、表面にチョコレートソースがかかってたんだけど、それだけパリパリしてて、飾り付けに銀の粒、なんていうんだろ、銀色の宝石みたいな粒と刻んだドライフルーツが乗っかってた。その銀の粒と刻んだドライフルーツがキラキラしてて、マジで宝石みたいで。見た目もすごくて、二人で、これ美味しいって言いながら一緒に食べたんだ。
宝石みたいなドライフルーツが美味しいって笑って話すあの人が一番キラキラしてて。
クサくて、桜介さんには言わなかったけど。
宝物。
なんて思ったんだ。
チョコレートドーナツを嬉しそうに、美味しそうに食べるあの人のこと。
片想いだと思っててさ。バレンタインだからと告げたら受け取ってもらえなさそうだから、ドーナツなら、チョコレート味ってことで、手渡せるんじゃないかって、一生懸命になってくれたあの人のこと。
「ありがと」
「ううん。全然っ。世莉ぃ、」
「けど、ごめん。付き合ってる人いるんで」
「……」
「受け取れないです」
あの人のこと、宝物、って思ったんだ。
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