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第37話 思ってると、思うんだ。

 彼女のこと、きっと、大体の男は、可愛い、って思うと、思うよ。  こまめにサロンに行ってるだろうなってわかるケアばっちりなミルクティーカラーの長い髪に、スタイル抜群のプロポーション。さすがモデルって感じで、足も長くて、でかい瞳を強調するカラコンに、睫毛も長くて。  きっと、可愛い。  そう、大体の男は思うんじゃん? 「あ、あのっ、翠伊っ、くんっ」  けど、こっちの人の方が断然可愛い。 「翠伊くんっ、あんなこと言って大丈夫? なの? あの、僕と、付き合ってるなんてっ、知らない人、じゃない、でしょ? 大学の人? じゃないの?」  俺は、断然、この人の方が可愛い。 「ねぇっ、あれじゃ、大学の人に知られちゃったら、大変っ」 「大変じゃないよ」 「でもっ、ゲイっ!」 「ゲイじゃないよ」 「っ」  そこでぎゅっと握っていた手が急に強張ったのを感じた。  この人の方が可愛いよ。怖がりで、こうやってすぐに遠慮したり、自分なんてって思っちゃう控えめなところがあるけど、でも、そんな引っ込んでばっかじゃ欲しいものは手に入らないって頑張ってるとことか。 「そ、だよ……ゲイ、じゃない……んだから」  強張ったけど、俺が握って離さないこの手を振り解いて、自分の手を引っ込めちゃおうとは思わないとことか。  強張りながらも、ちゃんと俺の手はしっかりギュッて掴んでてくれるとことか。  ねぇ、離すわけないじゃん。  桜介さんの方が断然、めちゃくちゃ。 「桜介さんが好きなだけ」 「!」  ほら、可愛い。  めちゃくちゃ好き。 「別にそれで何か噂されても知らないし」 「……」 「それより」 「で、でも、あの子、すごく美人で可愛い、よ? その、僕なんか、より」 「それよりさ」  艶々なミルクティーカラーより、こっちのふわふわな黒色の髪がいい。  カラコンで作った偽物の瞳より、真っ黒で、まんまるなこっちの瞳のほうが綺麗で好き。  伏せると影ができるくらい真っ直ぐに長いこっちの睫毛のほうが触れたい。 「一応、もう一回しっかり言っておくと、俺、ちゃんと、さっきの彼女には付き合ってる人がいるって言って断ってるから」  そう言って、細い手をぎゅっと握り返した。  貴方が飛び上がって、転んじゃっても、俺が手掴んでれば大丈夫でしょ? 「気持ちにはありがとうって言ったけど、チョコももらってないし、はっきり、ごめんって言ってあるよ」  桜介さん、けっこうドジだから、すぐ転びそう。 「俺、一ミリも、彼女のこと、頭ん中にないから」 「!」 「あるのは、桜介さんのことだけだから」 「ぼ、く」 「今日、バイト先に迎えに来てくれたの、めちゃくちゃ嬉しかった」 「!」 「さっき、あの子に邪魔されたけど。思ってたから」  真っ黒な綺麗な瞳が、じっと俺だけを見つめてる。 「水曜日、会えなかったから、会いたいって」 「!」 「思ってたよ」 「あ、の」 「だから、めちゃくちゃ嬉しかった」  店を出たら、好きな人がいた。寒いのに、大体のさ、俺がバイト終わる時間知ってたって、それでも絶対に必ず多少は待つでしょ? マフラーして、鼻先真っ赤にしながら待っててもらえて、そんなの嬉しくてたまらないでしょ?  「……あ」  大体の男は、嬉しいって思うと、思うよ。 「あのっ」  好きな子にこんなふうにバイト後に待っててもらえたりしたら。 「あのっ、僕も嬉しかった!」  今度は俺がじっとこの人を見つめてる。  じっと見ちゃうとこの人は少し戸惑うんだ。目を伏せて、長い前髪でその綺麗な瞳が見えないように隠してしまう。 「さっき、あんな可愛い子に好かれてるのに」  見たくなる。  少し潤んでてさ、すごく素敵なんだ。  この人の表情は、一つ一つ、本当に可愛いんだ。 「僕、と、付き合ってるって、言ってくれたの、すごく、嬉しかった」 「……」 「ろ、録音したいくらいっ、って、ちょっと、なんか、変な言い方だけど。でも、そのくらい嬉しくて。僕にとっては、もうなんというか、夢なんじゃないかって。ほっぺたつねったら、痛くなさそうでっ」  あ。  あと、これも、可愛いって思う。  緊張したりすると、めちゃくちゃ一気に一息で話すとこ。可愛くない? 慌てて、頭の中では、どうしようどうしようって言いながら両手を振り回してる桜介さんがいそう。 「録音かぁ」 「! ご、ごめんっ、変なこと言い出して」 「録音しなくたって」 「う、うんっ、あのっ」 「何回だって言うし」 「!」 「桜介さんと付き合ってます」 「!」 「他の子のこととか頭にありません」 「!」 「好きな子のことで頭いっぱいなんで」 「!」 「あとさ、夢じゃないし、ほっぺたつねったら痛いからさ」  そっと、マフラーに覆われた顔半分を隠してる桜介さんの頬に触れた。ちょっとだけ、首は出ちゃわないように気をつけながら、マフラーを少しだけずらして。 「夢かどうか確かめるなら、ほら、ちゃんと感触あるでしょ?」 「あ、あひ、ひへ……ひゃ」 「んで、続き」 「……」  何回だって言うよって、言ったことの続き。貴方と付き合ってて、貴方のことで頭の中がいっぱいで。 「好きな子にどうやったらナチュラルに触れられるかってことばっか考えてて」 「ひいぇ」  っぷは。今のは、今まで聞いたことのない面白返事だったね。新バージョン。 「好きな子とキスしたいって」 「ひぇ!」 「好きな子を抱き締めたいって」 「はひっ」 「そんなことで頭がいっぱいなんで」  真っ赤だ。触れてるほっぺたも熱くて、ちょっと、ごめん。手袋してない俺にとってはほっぺたあったかくて気持ちいい。 「他の子とか頭にありません」 「っ」 「って、何回でも言うから録音しなくていいよ」 「!」  突然、キスをした。貴方はめちゃくちゃびっくりして、狼狽えてた。ここ、賑やかな駅のちょっと手前の、全然人通りもあるところだったから。 「気をつけて」 「!」 「今さっき言ったじゃん。好きな子のことで頭がいっぱいって。好きな子とキスしたいって」  隙見せたらダメだよ。  大体の男はさ。 「明日、仕事ないでしょ?」 「……ぇ、あ、うん」 「今日、お店からマカロニサラダとだし巻き卵もらったんだ。付き合ってる彼女と食べなって」 「!」 「彼氏だけど。だから、うちで一緒に食べませんか?」 「!」 「どっちもめちゃくちゃ美味しいから。マジで。だから、一緒に食べようよ」 「う、うん」  大体の男は、好きな子をどうにか部屋に招待して、イチャイチャしたくてしかたないって、思ってると。 「食べ、たい、です」  思うんだ。

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