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第39話 誘惑したくて

 キスならたくさん、付き合ってきた子としたけど。  セックスも、まぁ、それなりに、したけど。  でも。 「んっ、はふっ……ン、ん」  やば。  俺のベッドの上に貴方がいる。シャンプーのいい香りをさせて、ごちそうみたいに。そんなに縮こまることないのにって笑っちゃいそうなくらい、小さく膝を折って両腕でぎゅっと抱えたまま、繰り返し触れるキスに律儀にちゃんと答えてる。 「ひゃぅ……っ」  首筋をキュッて吸うと跳ねるように反応してくれる。 「あ、ン」  それから戸惑ってる唇にもう一回、舌を絡める深いキスをした。 「ん、ン」  答え方を知らない舌を一生懸命に絡ませてくれるんだ。  ねぇ、唇が甘いって思ったの、初めてなんだけど。  ゼリーみたいに柔らかいからかも。キスで赤くなって美味しそうだからかも。 「っン」  深く、舌を絡ませるキスで息が乱れた桜介さんの瞳が潤んでた。 「あっ……」  唇が濡れてる。 「の……」  ぎゅって肩をすくめて、ぎゅって俺の肩にしがみつくように握った手がちょっと震えてる。 「翠伊、くん」 「……何?」  そんな全部が、なんか、やばい、かも。  やばすぎて、俺、なんかダサいんだけど。キスなんて慣れてるはずなのに、頬が熱くて、桜介さんにかっこいいって思ってもらえてるはずの俺は、全然カッコつかなくて。  誤魔化したい。  全然カッコよくなんてないんだ。今まで何やってたの? って言いたいくらい、貴方とのこれが初めてのことばっかでずっと戸惑ってるよ。  だから、吐息が触れ合える距離で、一つ、小さく深呼吸をしてから、そっとぶつかっても痛くないように、コツン、って額をくっつけた。そうしたら、焦ってる俺のダサい表情を見られなくて済むから。 「あの」  貴方とこうすることばっか考えてたんだ。  こんなの初めてだ。好きな子とセックスすることで頭がいっぱいになるなんて。ねぇ、どの子の時も、こんなふうになったことないよ。 「ぼ、僕、その女の子、じゃないから」  そうだね。知ってる。  女の子とは違う低い声が、震えてる。  女の子よりも骨っぽい肩が俺の唇に合わせて、揺れて、キュって、縮こまってる。  女の子よりも長い指が今日はロボットみたいなツッコミをするのも忘れて、優しくと教わった通りに、一生懸命にそっと俺の肩に触れてる。  女の子よりも短く切り揃えられたナチュラルな指先が、愛撫に感じる度、俺にしがみつこうとする。  ちゃんと女の子じゃないってわかってるよ。  今、これからセックスをするのは女の子じゃなくて。  桜介さんだって。 「あっ……っ、翠伊、くん」  しがみついて、いいよ。  肩でも、服でも、俺に。 「翠伊っ、くっ、ン」  しがみついて。 「あのっ」  真っ黒な瞳が濡れてて、ほっぺた真っ赤で。 「そのっ平気?」  確かに女の子よりも長くて、ナチュラルな指を包むように手を繋いだ。 「平気じゃない」 「!」  全然平気じゃないってば。  そう呟いたら、大慌てで桜介さんが手を引っ込めようとしてた。けど、それを掴んで、引き寄せて、そっと、その萎れる? なんてことに到底ならなそうな俺のに触れさせた。 「っ、大事にしたいんだ」  これ、笑っちゃうくらいにガチガチになってるし。  頭の芯がボーッとしちゃってるし。 「むしろ、がっつきそうで、やばいから平気じゃない」 「そんなっ」 「触って」 「!」  やば。 「っ、熱い」 「っ」  桜介さんの指、やば。思わず肩に力がこもって、背中を丸めた。 「……翠伊くん、嬉しい」 「?」  何が? そう見上げると、潤んだ瞳が俺をじっと見つめてた。 「やっぱり、女の子じゃない、から、そ、ういうことは無理だったかもって思って」 「は?」 「デ、デートの時、映画観て帰っちゃったし」  だって、水曜じゃん。 「だ、だから、ちょっとお風呂上がり、とかで会ったら、ちょっとはその、誘えるかなと思ってみたり」 「……」 「そ、そのっ、ネットにそう書いてあって」  男性が思わず抱き寄せたくなるいい香りはシャンプーってあったからって、なんか、言ってる。 「それで、アルバイトから帰って来るところで、偶然を装ってというか、そのタイミングを見て、お風呂上がりに」  ―― 朝ごはんに、食べてください。コンビニの、だけど、パン。  あの時だ。  ――…………翠伊、くん。  そう呼び止められたっけ。何か言いたそうだった。けど、俺もいっぱいいっぱいで、むしろ早く部屋に戻ってもらわないとやばかったから。  ――…………お、おやすみ、なさいっ。  あのまま襲っちゃいそうだったから。 「っぷ、あははは」 「! す、翠伊くん?」 「だって、初デート、水曜で、次の日、桜介さん、仕事じゃん。フラついたり、腰、しんどかったら、脚立上ったり、荷物運んだり大変でしょ? 俺手伝えないし」 「……」 「シャンプーのは、大変だった」 「?」  いや、彼女がシャンプーの香りさせててもどこでもいつでも抱き寄せたくなるかっていうと、わかんないけど。でも、桜介さんだと、かなり大変だったんだよ。オオカミになっちゃうかと思ったんだ。 「襲っちゃいそうで」 「!」 「桜介さん、俺に教わらなくても全然、誘えてる」 「!」 「こっちは我慢、すっごいしてたんで」 「本当に?」 「本当にっ! だから、あんま煽らないで」  大変なんだから。そう苦笑いをこぼした。 「……よかった」 「桜介さん?」 「嬉し……」  ねぇ、だから、大変なんだってば。 「ンっ、ンんっ、ン……ふあ」  誘えてたならよかったなんて。嬉しいなんて二度も呟いて、そんな可愛い顔で笑わないでよ。早く、貴方のことが欲しくてたまらないのに。 「桜介さん」 「あっ」 「こっち、もっと来て」 「あっ、あのっ、あと、もう一つっ」 「?」  ちゃんと大事にしたいんだ。 「あのっ、笑っちゃうかもっ、も、もしかしたら、その、今、こうなってくれてるの、が、ダメになっちゃうかも……あ、いや、ダメっていうのじゃなくて、その、元気、じゃなくなっちゃう、かもっ」  そう一気に話しながら、桜介さんの手がそっと、俺のガッチガチになってるのを服越しに撫でた。 「その、一番、お気に入りの、を、今日、履いて、きて、て……ラ、ランジェリー」  消えちゃいそうな声だった。 「でもっ、その、人に見せたことないしっ、変だって思うかもしれないしっ、む、むしろ、気持ち悪……!」  ねぇ、桜介さんのこと欲しくてたまらないんだって。  なのに、そんなこと言ったらダメでしょ。 「見たい」 「!」 「見てもいい?」  わ。俺の声、掠れてるじゃん。興奮して、声が掠れてる。 「う、ん。あの……見て、くださ、い」  そう呟いた桜介さんのルームパンツに指を引っ掛けただけで、喉奥が熱くなった。 「ン……ん」  その熱を好きな人にも伝えたくて、深く、濃厚にキスをしながら、そっと触れたら、繊細で極上なレースに指先が触れた。 「あ……翠伊、くんっ」  甘い声と、レースと、それから、桜介さんの柔らかい肌に、どうにかなっちゃいそうなくらい、興奮した。

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