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第47話 そういうの、なしの日

 パスタは茹で上がったら湯切りをして、それからバターと粉末のダシ、のほうが鰹節よりも美味しいらしいから、そんな感じで。あと、白だしと醤油、塩、胡椒。鍋一つでできるから、めちゃくちゃ簡単。マンションの狭いキッチンでも、料理初心者の俺でも、全然作れちゃう。 「わぁぁぁ!」  桜介さんが、笑っちゃうくらいにはしゃいでくれてた。 「す、すごい!」 「賄いで店長が作ってくれたんだけど、作り方簡単だから教えてもらったんだ」 「まさかスパゲッティと納豆が!」 「ねー、意外な組み合わせだよね。しかも材料費安いし。食べよっか」 「はい!」  今日は、ノー残業デー。  俺も講義を終えて、真っ先に帰ってきた。大沢が、今日は……あ、水曜か。あはは、めちゃくちゃ張り切ってんじゃん、って笑ってた。あと、ホントデレデレじゃんって、言ってた。 「翠伊くん?」 「冷めないうちに食べようよ」 「はいっ」 「いただきます」  桜介さんがきちんと正座して座って、両手を丁寧に合わせた。 「いただきます」  まるで超豪華な料亭で、すっごいごちそうでも今から食べるみたいに目を輝かせて。 「……ふは、ふふふふ、はっ」 「っぷ、あはは、ありがとう」 「っ、今、なんて言ったか、わかったの?」  わかったよ。  うわ。美味しい、です! とかじゃん? そう答えると、目を丸くして、桜介さんの癖っ毛の黒髪も驚いたようにふわりと揺れた。  触れると、本当にふわふわしてて柔らかくて、セックスの時は汗でしっとりとする。感度、すごいんだよね。桜介さん、どこにキスしても、飛び上がるくらいに反応するからさ。肌も赤く火照って、熱くて――。  って、今、そういうことを思い出さないように。  晩飯の最中です。  そんでもって、今日は、そういうのなしの日です。  平日なんだから。  明日、この人仕事なんだから。  脚立上ったり、重い荷物運んだりしないといけないんだから。 「とっても美味しいっ! 今度、僕も自宅で作ります!」 「…………あー」 「! あ、その時はお裾分けを」 「じゃなくてさ」 「?」  ほら、桜介さんがまたナナメに解釈しそうになってる。俺も食べたい、とか、そんな感じに。じゃなくて。 「作るの、うちで、よくない?」 「……ひへ」 「ほら、俺のほうが多分、バイトないなら帰ってくるの、早いじゃん?」 「……へっ」 「そしたら、作っとくし。なんなら、また賄いで俺が作れそうなのあったら、レシピ教えてもらうし」 「……はひっ」  っぷは、って、また笑った。 「だから、うち、帰りに寄ってけば、いいじゃん? って、こと」  どの返事も、桜介さんのあの面白返事だったから。 「あ、あのっ、そしたら、僕、ちゃんと材料費と、ガス代! 出資するっ」 「あはは、なんか、めっちゃ会社っぽい」  出資って、単語が。  それから、俺、今、さりげなく、ほぼ毎日会おうとしてるじゃんってことが。 「じゃあ、出資、お願いします」 「! う、うんっ。任せて!」  くすぐったくて、笑った。 「……さっき」  皿洗いも終わったところで、ポツリと桜介さんが呟いた。  納豆パスタは大好評だった。あっという間に食べ終わっちゃったと、桜介さんが言ってたくらいに美味しかったらしくて。明日は全然、平日で、木曜で、桜介さんは残業だけど、うちに寄って、再び、けど今度は十パーセント増量した納豆パスタを食べることになった。 「一緒に買い物するの楽しかった」 「……」 「カート、押しながら、話しながら、ゆっくりスーパーマーケットの中を歩いてて、嬉しくて、ドキドキした」 「……」 「あ、あと、こういうのも、すごく、その夢見てたというか。一緒にご飯食べて、片付けをして。こういうの、憧れというか」 「……」 「だから、へへ」  やば。なにその、可愛い笑い方。  そう思いながら、皿を丁寧に拭いてくれる桜介さんにキスをした。 「!」  咄嗟のキスに、瞬きを二回、パチパチって。  そして、長い睫毛がパタパタってした。  あと、真っ白な頬はほんのり赤く染まった。 「隙あり」 「!」 「あんま可愛いことを言わないように」 「ぁ」 「明日、仕事あるのに」 「ひへっ……あっ」 「…………」  それから、少し残念そうに……した。 「ぁ、は、はい。うん」 「……」  やば。  俺って、けっこう、意思弱いんだね。  ついさっきのさ。  今日は、そういうのなしの日です。  平日なんだから。  明日、この人仕事なんだから。  脚立上ったり、重い荷物運んだりしないといけないんだから。  そんな考えが、今の、残念そうな顔見た瞬間、ガラガラって崩れ落ちていった。 「なんで、とても我慢してるので」 「!」 「残念そうにされると、我慢できなくなるんだけど」 「!」  そこで、そんな嬉しそうな顔、する? 「えとっ」  ねぇ。 「残念、だと、思った」 「……」 「そのっ」  明日、この人、仕事があるから。  脚立のぼるでしょ? 重たい荷物も運ぶでしょ? だからさ。 「お風呂も、うちで入ってく?」 「!」 「桜介さん」 「ガス代! お風呂の方のも! 出資します!」 「あは」  だから、しっかり睡眠時間も確保できるように。テキパキ片付けて、早め早めで。  優しく丁寧に、この人にかかる負担ゼロにするんで。 「やった」 「!」  したいな。貴方と。 「……」  セックス。 「……ン」  それが伝わるように、とろけるキスをしながら抱き締めた。

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