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第48話 彼女は名探偵
そういうの、なしの日、だったんだけど。
――あ、翠伊くんっ、そこ、イっちゃうよっ。
「…………」
イっちゃうよ、じゃないです。桜介さん。
「…………はぁ」
あーもう。めっちゃ普通に今日、仕事なのに。
――桜介さん、大丈夫? 俺が言うのも、あれだけど、マジで無理しないでね。
多分、昼休憩だよね? そう思って、大学のカフェテラスでそんなメッセージを送った。この間も昼休憩にメッセージ返してくれたから、この時間帯はスマホを眺めたりできるっぽい。
送ったあとのスマホの画面を反省しながら眺めていると、すぐに既読の文字がついて、メッセージが返ってきた。
――全然大丈夫だよ。元気です!
あは。珍しい、スタンプ、送ってくれてる。しかも、なんでか、クラッカー鳴らしてるキャラクターのやつ。なんで、クラッカー? 元気どころか嬉しそうなんだけど。や、もちろん、俺は、桜介さんとできてめっちゃ嬉しいけど。嬉しかったり、した? 桜介さんも。翌日仕事でもさ。
「おい、こら、そこの色ボケ」
「……リナ」
顔を上げたら、リナが呆れた顔をしながら、サンドイッチとサラダを乗せたトレーを持って目の前にいた。
「めっちゃ楽しそうにスマホ眺めてる」
「そ?」
「そう!」
そして、溜め息を一つこぼしてから、目の前の席に座った。
「ここ、いい?」
「もちろん」
「ありがと」
よく、サンドイッチだけで足りるなぁ。
「…………なんか、世莉が色々噂、流してるっぽいんだけど」
「あー……」
まぁ、リナがここに来た時点でその話かなと思った。いつもは仲の良い女友達と一緒にいるから。付き合ってた時はこうして一緒に食べることもあったけど、付き合う前の、友だちだった時はよく女友だちも一緒に来てて、大沢もいて、けっこう賑やかだった。
でも、今、珍しく一人で来たから。
「週末の飲み会? 大沢くんが世莉誘ったんでしょ? 翠伊ピ、来てなかったって、友だちが言ってたけど。っていうか、翠伊ピにしては珍しくない? いっつも、フっちゃう時も優しいのに。それじゃ、相手の子、諦められないじゃんって感じにさ」
「まぁ」
確かに、いつも、そうだった。その時、付き合ってる子がいれば、告られても断る。けど、断る時も相手が傷つくことのないようにってしてた。
「あの子、性格、ビミョー……フツー、自分がフラれたからって、そういうの言う?」
「まぁ……あと、噂じゃないよ」
淡々と言ったら、ちらりとリナがこっちを見て、パクッとサンドイッチを食べた。
「…………知ってる」
「?」
「翠伊ピが今、付き合ってる人が男の人って知ってる」
「え?」
「お隣の人でしょ?」
知って、た?
「いや、そんな驚いた顔しないでよ。見てればわかるよ」
だって、見てればって。
「カテキョのバイトって言ってたじゃん。そん時に思ったもん」
「……」
「いっつも、なんとなぁく、いっつも、まぁって感じの、ふわぁっとしたテンションだった翠伊ピがカテキョのバイトの話を大沢くんが私にしようとした時、なんか違ってたし。いっつも、フリーになったら飲み会参加するのに、全然しないし。あと、なんか」
なんか?
「あの辺くらいから、翠伊ピの表情が違ってたから」
「……」
「いっつもニコニコ、いっつも誰にでも優しくて、それってスバラシーことだけど、ある意味、感情とか動いてないように見えて」
「……」
退屈そうだった、と、呟いてから、いつの間にか最後の一口になっていたサンドイッチを食べてた。
「今は、違うし。それに翠伊ピの部屋のとこ、お隣はおじーちゃんとおばーちゃんのカプと、反対は、若い男の人だったでしょ? 学生っぽくは見えなかったから、カテキョ? って思ったけど。他、ないし」
すご。
「なら、あの学生っぽく見える、サラリーマンさんじゃん。あの人、たまに階段とかですれ違ったりとかしたけど、翠伊ピのこと見かけると、嬉しそうにしてたからさ」
「よくわかったね。名探偵じゃん」
「一応、好きだったんで。むしろ、翠伊ピが他に興味なさすぎ」
「……」
「けど、よかったね。見つかって。好きな子」
「……レナは、やだったりしないの?」
「何が? 元カレが男の人と付き合って? やなわけないじゃん。やっと見つかってよかったね、とは思うけど」
「……レナ」
そこでニコッと笑って、隣の椅子に置いていた自分の鞄を膝の上に置いて、その上に肘をついた。
「どうだ。良い女だったろ?」
「……うん」
「気がつくの、遅いっつうの」
あははって、軽やかに笑ってる。笑って、それで。
「私も届く範囲で、世莉の噂はああ言うこと言い出す方がダメじゃん? って、言っておくけど」
「いいよ、別に」
「そ? じゃあ」
「あ、ねぇ、リナ」
立ち上がったリナを引き止めた。
「リナって、今は」
「さて、どーでしょー」
まだ、全部話してないのにわかったかのように答えられて、驚くと、また笑ってる。
「私も、もう絶対に元サヤの可能性ない奴を引きずったりしないから、次を探し中だよ」
名探偵じゃん。
まだ、頭の中で明確に質問できないでいた。なんていうか輪郭がまだぼやけているけど、訊いてみたくて。
「頑張れ、初恋」
「!」
「じゃあね」
カフェテラスの中を颯爽と歩いていく、名探偵の後ろ姿はカッコよくて、しばらく見つめてた。
そして、なんで今までのなんとなくでしか過ごしてなかった俺なんかのことを好きになってくれたのか、きっと名探偵の彼女にも解けなそうな謎が、一個、できた。
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